このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください





普段着のくるくるバスを見る
観光需要が静かなブームの兆し

エクセル東にて




2005年1月に本運行を開始した神戸市東灘区住吉台のくるくるバスですが、その後も順調に推移しているようです。
2007年5月には、それまでマイクロバス中心で、便によっては岡本線で使う中型車を使用していたものを、専用カラーの日野ポンチョ3台に置き換えており、ますます存在感を増しています。

このくるくるバスと言うと、住吉台の住民による、住民のためのバスと言う色彩が強いのですが、実は意外な利用法もあるわけで、その世界では徐々にその利便性が浸透しているようでもあります。
この夏、まさにその目的で家族で利用したのを機に、くるくるバスの現状を見てみました。


※写真は2007年8月撮影



●便利なアプローチ
前にルポした時、終点のエクセル東に曲がるまでバスが登り続けた道がそのまま登山道になることをご紹介しましたが、登り方向で見ると右手に住吉川を見るこの登山道、住吉川の谷筋を辿ったり、六甲の稜線に挑んだりするメジャーな登山道でもあります。

実際には、くるくるバス開業までは住吉台自体への交通手段が無かったわけで、市バスの渦森橋や赤塚橋バス停から味気も無い住宅街の舗装道路や階段を登るくらいなら、手前の白鶴美術館前からこれも舗装道路ながら住吉川沿いの道を延々と歩くほうが好まれていました。

それがエクセル東までくるくるバスが入り、運行時間、本数とも市バスに遜色ない利便性となると、登山やハイキングのアプローチを大幅に短縮できるわけで、好事家の間ではくるくるバスを利用した住吉台ルートが早くから注目されていました。

●目指すは六甲随一の大堰堤
六甲山系の向こうには関西の奥座敷、有馬温泉があります。
ここへのアプローチとして古くは深江からの魚屋道(ととやみち)が有名でしたが、明治になり、1874年に阪神間に鉄道が開通すると官鉄の駅がある住吉を玄関口に、住吉川に沿って登る「住吉道」が拓かれました。

今も杉木立のなか、石畳の古道が残る区間がある住吉道ですが、1907年に阪鶴鉄道(今の福知山線)が三田に至ると、有馬温泉へのルートは三田口がメインとなり、さらに1938年の阪神大水害で決定的なダメージを受けたことこら、六甲越えのルートは登山道として利用されるだけになりました。
住吉台からアプローチするのはこの住吉道。さらにはかつて六甲山中から御影石を切り出したルートでもある石切道などもこの住吉道から分岐しています。

そしてこの途上にあるのが五助ダム。高さ30メートルの堰堤は六甲山系で最大の大きさを誇る砂防ダムです。
幕末までにハゲ山と化した六甲山は荒廃しており、阪神大水害では土石流が阪神間の集落を襲い多くの犠牲や被害を出しました。
この再来を防ぐべく六甲山系では治水治山事業が行われ、主要な谷筋では砂防ダムが建設されており、五助ダムはその象徴とも言える存在になっています。
五助ダムの完成は1957年。そして1967年、阪神大水害の再来とも言われる大水害に見舞われたとき、五助ダムは上流で発生した12万立方メートルの土石流を食い止め、被害を最小限に抑えたのです。

今回の目的地はその五助ダム。エクセル東を使えば30分もかからずにアクセスできる手軽さも魅力です。

五助ダム


●普段着のくるくるバス
残暑が厳しい休日の午後、東灘区役所前からくるくるバスに乗り込みました。JR住吉でないのはご愛嬌ということですが、車内には先客が4人。区役所からの乗車も我々のほか1人いました。

出発を待つ(エクセル東)

マイクロバスを少し大きくしたサイズなのに2扉という構造のポンチョは、国交省標準のノンステ車。ロングシートが10席と最後尾の4席の座席定員14人はこれまでのマイクロとほぼ同じですが、ロングシート主体というのはどうでしょうか。
せっかくの2扉ですが、当面の間は前扉のみ使用という掲示があるわけで、後扉周りは立席スペースといえば聞こえはいいですが、これがなかりせばあと2人座席が設けられました。くるくるバスは運賃前払い、しかも200円の均一制ですから後部扉を使っても「ただ乗り」なんてことは無いはずです。

R2からすぐ分かれて山に向かいますが、バスの癖か運転の癖か、がぶるような動きが気になります。
同乗の家人はロングシートに腰掛けていたのですが、前後方向の動きが激しく、横方向に揺さぶられることから乗り心地が非常に悪いと評しており、さらにシートが硬く、滑りやすかったこともバスの揺れを増幅させたようです。

ポンチョの車内

とはいえ車内に次の停留所が表示されるようになり、側面や前後の行先や経由表示も揃って路線バスらしくなりました。
面白いのは後部のデッドスペースに、「くるくるバスを守る会」直通の「ご意見箱」が置かれており、利用者の声をフィードバックする体勢が出来ているようです。

市バスの通りから分かれて住吉台に入ると降車が始まりますが、大半が県住前、残る乗客も同朋保育園前で降りてしまい、エクセル東まで乗ったのは我々だけでした。

そして復路は夕刻でしたが、今度はエクセル東を中心に我々を除いて5人の乗車。
中途半端な時間帯であり、立派なものです。この時間帯の住吉台行きは10人弱程度は乗っているようでもあり、しっかりという感じです。

ご意見箱


●登山者に売り込むくるくるバス
さてエクセル東から登山道に入ると空気がひんやりと感じます。
標高300メートル弱のエリアですが、アスファルト舗装も無く、木陰ということもあるからでしょうか。

ほどなく白鶴美術館方面からの本来の住吉道と合流。
この地点に神戸市設置の道標と並んで、「JR住吉駅ゆき くるくるバス 200円 (停) この先に」という手作りの看板が立っています。
近くには時刻表とみなと観光の電話番号まで書かれた看板もあり、住吉道を降りてきたハイカーに利用を促しています。
このあたりは、かなり最近の登山ガイドブックであってもくるくるバスが載っていないこともあり、白鶴美術館までさらに歩かないといけない、と思い込んでいる登山者、ハイカーに、「便利な」くるくるバスがあることをアピールしています。

ここから住吉霊園の際を回りこんで五助ダムまでは20分程度でしょうか。
涼しげに水を落とすダムを見上げ、堰堤を巻く道で越えると土砂が堆積して出来た湿原調の原っぱがあります。
石畳が残る区間まで散策したり、地味ながらいろいろ楽しめるところです。

登山道での「呼び込み」


●久しぶりの乗車に思う
住吉台の足としてすっかり定着したくるくるバス。これまでのマイクロバスから、路線バスらしさを見せる独自カラーの新車への置き換えといい、その定着ぶりがうかがえます。
さらに住吉台専業、だけでなく、登山客の取り込みのような地味な努力もうかがえます。
車内に置かれたご意見箱の存在からは、地元の取り組みも定着しているようでもあります。

良い形でここまで来たくるくるバスは、今も良い感じで動いているようです。







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