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交通におけるマナーを考える〜その6
誰がために棒はある
ロングシートの仕切り棒の意義



通勤型電車の車内というと林立するパイプ類ですが、いかにも立客重視、機能重視のスタイルには、レールファンの間では美観も何も合ったものじゃないといった批判が強いです。
特にロングシート座席の中間部分を仕切る格好で立ち上がるパイプに対しての批判は強く、新規に採用しようものなら口を極めて罵る、といったら言い過ぎかもしれませんが、相当な批判が出ていることは事実です。

一方で経費をかけてまで改造する動きもあり、かつそうした仕切り棒の設置スタイルも明らかに「進化」いるところを見ると、利用者、乗客からは肯定的に捉えられているばかりか、設置形態に対する積極的な意向があるということです。

今回はマナー論から少し外れますが、マナー目的と見られがちだった設備の本当の意義、価値というものについて論じてみます。


※写真は2007年1月、2009年5月、6月、2010年6月、7月、9月撮影

●ロングシートの仕切り棒
1992年の901系(209系の先行試作車)で採用されたロングシートの仕切り棒ですが、7人掛けの座席を2-3-2で区分する位置に設置されたこともあり、座席定員の順守を目的としたものという見方が専らでした。

1979年の201系にはじまり、それまでの最先端通勤電車であった205系まで(および試作的要素の強い207系900番台も)、首都圏の通勤電車においては7人掛け座席の真ん中1人分の色を変えて、3-1-3の座席定員を強調することで座席定員の順守を狙ってきました。

201系の登場時は色を変えるという手段も斬新であり、アイデア賞ものという取り上げられ方がされていましたが、普及するにつれてその効果も薄れてしまい、901系ではついに仕切ることで強制的に順守させる動きになったといえます。

7人掛けロングシートを仕切るというと、同時期東急の一部車両で3-4の位置に仕切り板を入れることで座席定員を明確化する動きがありましたが、脇息代わりにも使えて、端に座りたがる人間心理にも叶った仕切り板ではなく、仕切り棒を採用したわけです。

このあたりは握り棒としての使用を既に意識していたわけですが、同時に座席面まで仕切るとメンテや製作面での不合理が出てくることが推測されることもあり、当該車両のコンセプトとしては仕切り棒以外の選択肢はないのでしょうが、その後の採用例は総じて仕切り棒だけに、握り棒としての意味合いも多分に重視されていることは確かです。

●パイプは不要という空気
通勤電車のインテリアにおいて、機能重視のパイプ類の林立に対するレールファンの評価は厳しいです。その裏返しとしてドア横の座席袖仕切りにおけるパイプの立ち上がりも無い、JR西日本も含めた関西各社の通勤電車へのレールファンの評価は高いです。

ポールが無くすっきりとした車内(阪急7000系)

このあたりはこれまで東西の混雑度の違いを理由にした地域的特性として片付けられてきた傾向があったわけで、混雑度が低い関西の通勤電車に林立するパイプは不要、というコンセンサスが醸成されてきたことは確かです。

確かに立客対応として考えれば、立客が使用するパイプ類の使用頻度は低いわけですし、座席定員順守という意味でも、座席定員いっぱいの着席となる頻度が低ければ、敢えて仕切る必要はなくなります。
そうした視点だけに立脚すれば、車内に林立するパイプ類は不要という評価も間違いでは無いでしょう。

●意外な利用価値
林立するパイプ、特に座席の仕切り棒を混雑対応だけだと考えがちですが、実は違う意義、そして利用価値があるのです。

私事で恐縮ですが、実は今春、腰を痛めてしまい、しばらくコルセットのお世話になるなど思わぬ苦労をしました。
最悪期にはしばらく座ると痺れが走るなど散々で、コルセットで固定するのは当然のこととして、さらに立ち座りも極力姿勢を固定して、という感じで、通勤、出張をはじめとする移動が非常に苦痛でした。

その際に気がついたのですが、座席への立ち座りにおいて、姿勢を固定しながらとなると、普段のようにそのまま椅子に座る、足腰のバネで立ち上がる、という動作にならないのです。
そうした行動はまさに腰への負担になるわけで、その瞬間に「電気が走る」のです。

そこで役に立ったのが例の仕切り棒。これを握って平行(垂直?)移動するようにゆっくり立ち座りすることで、姿勢を固定したまま腰に負荷を掛けることなく座れたのです。
このあたりはクロスシート、航空機などの一方向きシートよりも立ち座りの際は楽でして、肘掛や前の背もたれに上手に体重を預けて立ち座りというのは、仕切り棒を使ったときよりも辛かったのです。

●改めて視点を変えてみると
あの仕切り棒は単に座席定員順守や立客の握り棒というだけでない、ということに気がついたわけですが、そう考えて改めてこの構造を見ると、バリアフリーという意味では非常に優れているのです。

会社によっては座席の仕切り棒を3-4に仕切る1箇所だけにしているケースも多いですが、首都圏のように2-3-2の2箇所とすると、7人掛けでは仕切り棒もしくはドア横の握り棒を使えない座席は真ん中の1人分のみです。

仕切り棒が目立つ車内(E233系)

車端部のロングシートではドア横しか使えませんが(会社によっては車端部に握り棒があるので+4席となる)、標準的な座席定員54人のケースで、利用できない席はわずかに14席。40人が恩恵に預かれるわけで、こうしてみると足腰が弱い乗客の着席サポートとして非常に優れているばかりか、利用機会の向上にも資する設備といえます。

そういう意味で従来型の車両を評価すると、ドア横の握り棒だけに頼るケースでは、利用できる座席が16席。1/3以下ですし、座席袖部の握り棒が無い車両だと全く利用できません。

東京メトロのように仕切り棒が3-4に仕切る1箇所だけの車両でも28人が利用できますから、この仕切り棒の有無がバリアフリーの効果に与える影響は非常に大きいのです。

●仕切り棒の使い勝手が優れているわけ
そういうと、お年寄りなどの立ち座り対策としては、座席の仕切りや吊革の高さ下げでもいいのでは、という批判が出てくるでしょう。

しかし、座席の仕切りだけだと、そこに体重を預けて立ち座りするのは重心との関係上、後ろに体重が残る格好になりますし、吊革が手に届く高さに下げてあったとしても、その分吊革は長くなっており、振幅が大きくなることにより安定感を欠きます。もちろん短くても全方位に動く吊革は不安定で、車両の揺れによっては思わぬ方向に踏ん張る必要が出てきますし、そういうときに「腰をひねる」といったリスクが生じます。

それに対して、仕切り棒は重心移動に適った位置にあり、固定されているので安定しています。
このように仕切り棒がバリアフリー対応として優れているという認識が広まった証左に、E233系や西武30000系(スマイルトレイン)など最新鋭の車両になると、車端の3人掛け座席のうち、優先席には1-2に仕切る位置に仕切り棒を設置しています。

車端部の座席にある仕切り棒(E233系1000番台)

3人掛けを仕切るのは座席定員順守目的から完全に外れており、優先席だけの設置ということは明らかにバリアフリー対応です。これにより優先席では全員が仕切り棒、握り棒を利用できるのですから。

ただし握り棒だけがあればよく、仕切りや低い吊革が不要というわけではなく、同時に採用することでより万全の対応になります。JRの最近の通勤電車は優先席付近は低い吊革にしていますし、さらに近鉄のシリーズ21のロングシートの設備はその意味で優れており、ドア横の袖仕切りの位置が高いので握り棒としても使えますから、かなり完成度の高いケースと言えます。

近鉄シリーズ21の車内。仕切りや吊革に特徴


●デザイン重視からの転換
通勤電車は会社のイメージリーダーとはなることは少なく、日常利用のために存在して実用性、使い勝手が強く問われる存在です。

そうした通勤電車に求められるものは何かと考えれば、デザインが少々悪くても、居住性が少々悪くても、それによって得られる機能に優れたものがあれば、それを優先させるべきです。
もう一つ言えば、無味乾燥なデザインであっても、機能的に差異が無く、それによって得られるコストダウン効果により、車両の置き換えを早められるのであれば、どちらを優先さえるかは言うまでも無いでしょう。

ボロカスに叩かれることの多い103系も、高度成長期で急増する需要に応じる輸送力増強と、40系、60系、72系といった老朽旧型車の置き換えという二正面作戦を果たし得たのも、単純な構造に徹することで、大量増備という至上命題を優先した結果です。

それはさておき、デザイン優先は往々にして機能的な欠陥を内包するわけで、いわゆるA-Trainのドア袖部の握り棒のデザイン変更はその典型でしょう。
無機質な金属棒ではなく、湾曲した板材にすることで、見た目はよくなりましたが、指を通して握れなくなったことで困る人が出てきたわけです。
デザインが思わぬバリアを生んだことにより、デザインを従来型のように指を通せるものに変えざるを得なくなったのです。

思わぬ欠陥が発覚したデザイン


●評価をすることの難しさ
レールファンにありがちな趣味的な視点だと「なんじゃこれは!?」というものでも、利用する人によっては非常に優れたサービスになるわけで、遍く総ての人の利用を想定すべき公共交通機関においては、様々な利用形態を想定した機能の拡充が望まれるのです。

同様にJR西日本の尼崎脱線事故以降着目されるようになった車内の安全対策(突起物などの除去、握り棒など姿勢を確保できる設備の拡充)もそうですが、時代の要請による変化もあるわけです。
韓国大邱市の地下鉄放火事件を機に車内の耐火対策が強化され、関西私鉄の特徴とも言われた蛍光灯カバーが排除されたのも、デザインよりも安全という時代の要請です。

仕切り棒の利用にしても、高齢者などの立ち座りの他、子供の利用も考えられるわけです。混み合う車内でどこにも掴まるところが無く、親にしがみついている子供の姿をよく見ますが、子供が掴むことができる高さの握り棒が非常に混み合うドア近くにしか無い従来型に対し、車内入ったところにある仕切り棒は安全面でも優れています。

そうしてみると、レールファンの評価が低いいわゆる「走ルンです」以降の通勤型電車も、バリアフリーという意味では仕切り棒の設置、拡充のみならず、床面高さを下げることでホームとの段差を減らし、ベビーカーや車椅子での利用時の障壁を除去しているなど、非常に優れた設計です。

余談ですが、仕切り棒に反対する理由として、邪魔だという人も多いですが、隣席との間に仕切り棒が入る位置は通常太股であり、そこが狭くなって困るという人は、仕切り棒で影響を受けない肩や胸板よりも太股が幅を取っているということであり、いったいどういう体格なんでしょうか。

こうした視点で通勤電車のデザインを見直してみると、「汚物」と罵られているような車両が実は優れている可能性もあるばかりか、そうした車両の登場を心待ちにしていた利用者も確実にいると確信できます。

マニアには批判されることが多い南海8000系

企業のイメージリーダーとしてデザインを重視するような存在でも無い限り、もちろん機能もデザインも両立できればそれに越したことは無いのですが、少なくともデザインを優先して機能を欠くようなことは、特に機能重視の通勤電車においてはありえないはずです。

いわんやその機能の有無が左右するデザインを評価する局面において、趣味的見地からあくまで純粋なデザインとして評価することまでは否定しませんが、電車の良し悪しといった機能的評価を多分に含む評価をするのであれば、その評価はより慎重であるべきでしょう。








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