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交通におけるマナーを考える〜その5
機内持ち込み荷物の厳格化を考える
キャリーバッグが引き起こす問題


今や当たり前の光景だが...


2009年12月1日に始まった国内線の機内持ち込み荷物のサイズ厳格化。メディアも大きく取り上げ、各空港でもこれでもか、と告知していますが、現在のところ大きなトラブルも無いようです。
この「厳格化」の背景とそれにまつわる問題点を考えて見ましょう。


※写真は2009年12月撮影

定期航空協会は、2009年12月1日から機内持ち込み荷物のサイズチェックを強化しました。

近年急速に増大してきたキャリーバッグ(キャスター付バッグ)が荷物棚に収まらず貨物に預け直すなど、手荷物をめぐるトラブルで出発が遅れた回数が昨年1年間で約4800件に上り、各社バラバラだった制限サイズを統一し厳格化することを決めたものです。

12月からの新ルールでは、客席が100席以上の機種で、3辺の合計が115cm以内、かつそれぞれ幅55cm、高さ40cm、奥行25cm以内に。また100席未満の機種は、合計が100cm以内で各辺が45cm、35cm、20cm以内に統一され、制限オーバーの手荷物はカウンターで預けるか、壊れやすい場合は追加料金(片道一律1万円)で荷物用の座席を確保することになります。

今回の規制強化を伝える報道の中には、「今まではよかったのに」といった声が多かったのですが、基本的には既存のルールの再徹底であり、今までがおかしかった、という面もあることは忘れてはいけません。

厳格化の告示(羽田空港)


●キャリーバッグが総ての元凶
残念ながらそういわざるを得ません。
後述するトラブルも含め、これまでなかった類のトラブルがこれの普及と軌を一にして増加しているのは疑いの無いところです。

この手の大きな荷物、航空機での旅行というとスーツケースが定番でしたが、こうした荷物は預かり荷物として扱われてきました。
一方でハンドバッグなど身の回り品などは機内持ち込みというのも昔からのスタイルだったわけですが、キャリーバッグの普及はその区分をあいまいにしたのです。

もちろんそれなりの荷物、いわゆるスポーツバッグなどの大型荷物もありましたし、それを機内持ち込みにする人もいましたが、その当時はそれほどのトラブルにはなっていません。

それがなぜ、と考えたとき、やはりキャリーバッグの構造やコンセプトに行き着くのです。

●手に持てない「手荷物」の問題
キャリーバッグの問題は、その大きさと堅さにあります。
スーツケースの小型化ともいえますが、バッグのサイズと不釣合いな「引き手」の存在とあわせると、引いて使う「台車」とバッグが一体化したもの、といったほうが正確でしょう。

ですからハードタイプのバッグはもちろん、ソフトタイプであっても「台車」の用を成す構造部分の堅さはかなりのものです。

スーツケースもそうなんですが、キャリーバッグの問題は、「引きずって(転がして)使う」、つまり、「持たない」ことが前提になっていることです。
さらに「悪質」なのは、「持たない」ではなく、「持てない」のに運べる、という理由で使う層が多いということです。

1年以上前の朝日新聞の生活欄で、キャリーバッグを紹介しているのですが、女性を対象にしたその記事はいみじくも「女性ではなかなか持てない荷物を運べる」と述べており、この文章に激しい違和感を感じた記憶があります。

要は「持てる」ということは、何かしらのコントロールが効くのですが、「持てない」ということはコントロールが効かないことを意味します。混雑する電車の中で転動、転倒したり、機内の荷物棚になかなか持ち上げられなかったりというシーンをよく目にするわけですが、こうした無理のある使用が、ひいては「階段でキャリーバッグが落ちてきて...」という類の事故を呼ぶのです。
実際、階段でも持てずに、ガラガラ段差を引きずって運ぶ人も稀にいるわけで、バッグ自体の耐久力が急速に劣化してよりリスクが高まることも容易に想像できます。

●あいまいな基準運用のツケ
一方で航空各社の対応もまた指摘できます。

キャリーバッグが目立ってきた初期に今回のような厳格な対応を取っていれば、キャリーバッグを使うメリットが薄れることから、キャリーバッグ自体の普及もなかったかもしれません。

しかし現実は、キャリーバッグの持ち込みが事実上野放しになっており、中には簡易台車に数個の荷物を括りつけて「1個の荷物」として搭乗するケースも散見されたわけです。
そしてそこまで酷くはなくとも、伸ばした持ち手に別の荷物を通して「1個」にして、本来なら抵触するはずの「個数制限」を空文化させてしまっているのが常態化しているのも、航空会社の運用のせいといえます。

そもそも手荷物のサイズや重量、個数は料金と密接に関わる問題であり、ここが曖昧というのは、料金徴収のルールがあいまいだったということを意味するわけで、本来利用者の側も「払うべき料金を逃れている」乗客との不公平を訴えるべき事象でした。

本体の上に括って「1個」


●それでもなお運用は甘い
メディアなどを通じた周知のほか、かばん売り場、旅行用品売り場でも今回の厳格化を掲示し、バッグ類購入の際の注意喚起を行っています。

ここまでやればさぞや運用が徹底、と思いきや、意外とザルな運用が散見されます。

空港のポスターや、運用初日のニュースで、セキュリティエリアのX線チェックに入れるところに、規制サイズの枠を取り付け、それを超える荷物は撥ねる、といっていますが、実運用はどうも違います。

小物類などがコンベアの隙間に取り込まれるのを防ぐためか、総てのチェックする荷物はプラスチックのトレーに載せられるわけで、キャリーバッグもまたトレーに載せられます。

つまり、この時点で機械の入口にある枠が有名無実化されているのです。
実運用はどうかというと、目分量でサイズ制限をクリアしていると判断して、入口の枠を持ち上げて機械を通してしまうのです。

せめて機械の枠を、重量測定時の「風袋」じゃないですが、トレーの存在を加味したサイズにしてチェックするとかいった工夫はなかったのでしょうか。
これではあいまいな運用といわれても仕方がありません。

枠でチェックすると言ってますが...


●キャリーバッグが持つリスク
まず「重い」ということ。落下、転動その他の事故発生時に、他人に衝突したときの衝撃力は重さに比例しますから、被害がそれだけ増すということです。
にもかかわらず自分で持てないものを運ぶ目的を推奨する売り方というのは、そもそも問題があったわけです。
また、特に航空機の場合は荷物棚に重量制限がありますから、我も我もとキャリーバッグを載せると重量オーバーになります。実際、以前大きなキャリーバッグを持ち込んだ旅客が荷物棚を壊してしまい、急遽前の座席の下などに収納するように案内された経験がありますが、運悪くそのフライトは発達中の低気圧の渦中で激しく揺れており、荷物棚がフライト中に壊れたりしたらバッグの落下など大惨事になっていた可能性すらあります。

次に「堅い」ということ。「重い」と関連するリスクですが、バッグが変形して衝撃を吸収するということが期待できないため、衝撃力が減殺されずにストレートに他者に影響します。
特に引き手に関しては本体がソフトタイプでも、確実に牽引力を伝えるために金属製の頑丈なものであることがほとんどであり、しかもそれなりに細いことから力を伝える面積が狭く、ひいては圧力を余計に感じます。
また、混雑時の電車内や、機内や車内の荷物棚に載せた際に、空いているスペースになじむように変形して収納させることが難しいため、無駄な空間を取ることが往々にして発生しています。

そして「後ろに引く」ということ。
自分が見えない後方に、自分の身長に匹敵する長さの空間を保持して引っ張っているわけで、引っ張る本人がそれを自覚しないで動線を横切ると、予想以上に公差交通を遮断してしまうわけで、後方で蹴つまずく人が続出しかねません。
また、キャリーバッグを引く人とすれ違う際も、目線では「空間」になっているため好んでそちらに向かおうとして、バッグの存在に気がついて立ち往生とか、蹴つまずくことがあります。
この類型ですが、引っ張ったまま漫然と立ち止まって、通路を通せんぼしているケースも多々あります。

最後に「幅を取る」ということ。
身体の外側にかばんを提げて、というケースであれば、見えますから対応も取れるんですが、身体の後方に引きずっているキャリーバッグが肩幅よりも大きかった、というケースも目にします。
これは意外と迷惑で、混み合う場所ですれ違えると思ったら蹴つまづく、といったケースにつながりますし、搭乗の際、足は通ってもキャリーバッグが座席ごとにつっかえてしまい、通路の移動に手間取って時間を食うのは典型的なリスクです。

なお、荷物の大きさではスーツケースが圧倒的ですが、スーツケースを転がして使う際は、一番狭い面を前、つまり「縦」にして、かつ前に押すことが普通ですから、他者との関係も把握、対応しやすいし、また重さや大きさが半端じゃないだけに、より慎重に押すことから接触トラブルが少ないです。

また、スーツケースの厚みよりも薄い肩幅の人はまずいませんから、「後ろに引く」「幅を取る」というリスクは案外と無いといっていいでしょうし、だからこそこれまでトラブル多発という印象もなかったといえますし、キャリーバッグも身体の横で縦方向に転がすような運用であればここまでトラブルにもならなかったかもしれません。

新幹線でも問題に...(英文表記はこうなる)


●キャリーバッグは必要か
本質的な問題ですが、「持てない」荷物を持ち運べるようにする、と言う行為をどう評価するのか。
「道具」を使うのは人間の知恵と言えますが、それが容認されるのは時と場合によるはずです。

例えば海外旅行のスーツケースはもっと重くて大きいし、かつ堅いですが、キャリーバッグほどの批判は出てません。これは使われるケースが限られていることが大きく、逆にキャリーバッグはあまりにも普遍的に使われすぎているからここまで問題視されているともいえます。

キャリーバッグの問題はそれなりに大きくて重く、かつ堅いうえに、預かり荷物にされないことが多い、というわけで、利用スタイルが悪いところ取りになっていることです。
機内での問題もさることながら、アクセス交通機関でも網棚に上げたり、リムジンバスのトランクに預けたりしないので、座席や床を不必要に占有していることも指摘できます。

そして「持てない」荷物を持ち運ぶ手段と言う側面に注目すれば、要はリヤカーや台車、カートの類と同じであり、そうした運搬具については持ち込みや運用がかなり制限されているのに、キャリーバッグだけは(中にはどう見ても台車というものもあるが)なぜ良いのか、という合理的な理由が実はありません。

例えばオフィスビルや商業ビルにおいて、台車類での搬入はルートや使用エレベーターなどを厳しく限定されていますが、キャリーバッグは堅い車輪で磨かれた床や石畳、ブロックを削るように通っていいものなのか。ルールが追いつかないままになし崩し的に運用されていますが、将来的に予期せぬメンテコストなどになって跳ね返ってきます。

「持てない」荷物を運ぶには台車類を使うか、もしくは宅配便などで送ると言うのが通常のはずです。前者は自分で出来ますが、運用時のトラブル防止のため使用法が制限されていますし、後者はコストがかかります。しかし、それは自分で出来無いことをするために必要なコストであり、その負担は誰だって嫌ですが、周囲に迷惑をかけてまで負担の回避が正当化されるとはいえません。それはただの「自己中」の域ともいえます。

そういう意味ではスーツケースも空港との間は宅配便を使うとかして最小限の荷物で移動すべきだともいえますが、こちらはまだそのリスクを自覚した運用が見られることや、もっぱら空港アクセスで見られると言う特殊性と希少性に免じて許容する余地はあるかもしれません。
また最近は海外旅行でもキャリーバッグを使うケースや、キャリーバッグタイプのスーツケースも多いですが、こちらはやや大きめでもあり、機内持ち込みの問題はなさそうですし、これももっぱら空港アクセスで見られるということで影響は限定的と言えます。(京成線なんかでは日常茶飯事と言うのが悩ましいですが)

●機内持ち込みの論理
上記のように、そもそも「持てない」荷物を「手荷物」として持ち運ぶこと自体に問題があると考えますが、百歩譲って「利便性」を重んじてキャリーバッグを使っているとしても、ではなぜ機内持ち込みまで認めるのか、という部分に合理的な理由が必要です。

その理由として多くの人が挙げるのが、預かり荷物だと降機時に時間がかかるというものです。
確かに機内持ち込みと預かり荷物では、特に荷物の多い観光路線だと相当な時間差が生じ、アクセスの交通機関が1本以上違ってしまい、目的地や家に着くのが下手をしたら1時間単位で変わってきます。

しかし、その気持ちは分かりますが、だからといって何をしてもいいのかというと違うはずです。
限られた荷物棚を占有し、あまつさえ落下その他のリスクを孕み、乗降に時間がかかり結果として到着、降機が遅れるリスクまで惹起してまで「自分さえ早ければ」という行為はどこまで許されるのか。

特に回避したはずの「遅くなる」というリスクがキャリーバッグの持ち込みによって実は増大しているという矛盾もあるわけです。

また、キャリーバッグを持ち込むケースが多いビジネス路線は逆に預かり荷物が出てくるタイミングも早いわけで、日頃よく利用する神戸空港に到っては、機材の小型化(763→A320)で通路が1本になり、降機に時間がかかるようになったこともあり、ゲートからロビーまでの距離が短いと定評のある同空港なのに預かり荷物の返却はほぼ同時であり、ひどい?時は荷物が先に回っていたという経験をしたこともあるように、実は短縮できる時間はそんなに長くなく、ならば定時運行で早く降機出来たほうがトータルでは早いともいえます。

余談ですが、早く降りたいから何をしてもいいわけではなく、本来持ち込めなかったサイズの荷物を持ち込んでいたのは今回の厳格化でひとまず対処されましたが、停止と同時に我先と前の出口に殺到するマナーの悪さが今後の課題でしょう。

先日アップグレードサービスの賜物でプレミアムクラスに乗ったのですが、到着すると後方の普通席から我先に殺到する状況に、本来準備が出来るまでゆったり座れるはずなのに、真横の通路に立たれた日にはくつろぐ気にもなれず、自然と立って順番をキープする破目に陥りました。

このあたりは特に団体客に目立つわけですが、往々にして後方席に押し込められるがゆえの「先走り」の気持ちは分かるとはいえ、優先搭乗や前列席の指定など、「サービスの対価」を負担しているがゆえに享受できるサービスが無意味になるようでは、搭乗時の列指定のように、降機時にも何かしらの規制が敷かれかねません。

●セキュリティは一理あるが
もう一つ、預かり荷物は紛失、破損のリスクがあるという理由はどうでしょうか。

残念ながらそのリスクが無いとは言い切れません。しかし、だからと言ってなんでも持ち込んでいいという理由にはなりません。

そもそも宅配便にしても何にしても、リスクを軽減させる、万が一の事態に対応するというのにはそれなりの対価をとって対応しているわけです。
もちろん追加料金無しでパーフェクトの対応をしてくれるのがベストですが、現在の航空各社の対応はそこまでリスクがあるものなのでしょうか。

現地の対応が大きく左右する国際線と違い、国内線における本邦航空会社の対応は、社会通念上問題ないレベルの対応だと思いますが、それでも満足しないという「特別なサービス」を求めるのであれば、サイズの制約といった制限を受け入れるか、座席占有扱いにして料金を払うといった「サービスの対価」を負担するしかありません。

この問題で、楽器の携行がよく取り上げられますが、例えば楽器を荷物として送るとき、通常の荷物と同じ扱いで送らないはずです。つまり、それなりの負担をされているわけです。
また大手のオーケストラなんかは専用のコンテナを作り、保険を付保して預かり荷物にして対応しているわけで、だのに航空機での移動は追加コスト無しで宜しく、というのは、気持ちは分かりますが、通る話かと言うとどうでしょうか。楽器がいいのなら、私のこの荷物も大事なんだから、といった話になるわけで、どこで線引きをするのかという問題にもなります。

悩ましいのはPCの扱いで、こちらは預かり荷物としては拒絶されるわけですが、そうなるとせっかく1つのキャリーバッグにしたのに、という話になって、だから持ち込みにしないと、というのは理解できる話です。

ただ、これも見方を変えれば、PCのみを機内持ち込みにするという選択肢もあるわけです。
そもそもセキュリティチェックでPCはバッグから取り出して機械を通しているわけで、建前上は荷物から容易に取り出せる状態になっているはずです。
そしてこれも「それなりの負担」の話になりますが、機内持ち込み用のソフトケース(ピンキリだがそんなに高くない)で携行すれば、キャリーバッグは預かり荷物、PCは機内持ち込み、という対応も出来ます。

●利便性を追求したいが
利用者としては、利便性はとことん追求したいわけで、大事なものは手元に置いて、乗り降りは素早く、かつ預かり荷物もすぐに出てくることが出来ればベストということは言うまでもありません。

しかし、それが100%叶うかというと、事業者の都合以前の問題として、スペースやセキュリティ、安全の問題がある以上、何かしらの制約は不可欠です。

そういう意味では航空機は実は不便な交通機関であり、改善の余地はまだあると見ますが、どこかで割り切り、その「不便」が耐えられないのであれば可能な範囲で他の交通機関を選択するしかありません。もちろん事業者が社会通念上妥当と看做されるレベルの「不便」まで改善し、その努力を最大限尽くしていることが前提ですが。

反面、いかに利用者の思いがあっても、いつでもパーフェクトに叶うことはないということを理解すべきです。
事業者が改善して全員が利便性の向上を享受するのでない限り、個々の利用者が利便性を追求すると、どこかで他の利用者にしわが寄る可能性は否定できないからです。

今回のキャリーバッグの持ち込みを主たる理由とした機内持ち込み荷物の厳格化はその典型例であり、皆が自分の利便性を追及したことで、それによる弊害が顕著になって、ついには厳格化という規制強化になってしまったのです。

キャリーバッグについてはあまりにも普及したことで存在自体を規制すべきと言う声が聞こえてこないのですが、例えば未だに批判が強いベビーカーの使用よりも危険かつ迷惑であり、かつ周囲に迷惑をかけてまで持ち込む必然性に乏しいのです。
良く言えば利便性、悪く言えば自己中や横着をそこまで容認するかと言う本質論から考える時期なのかもしれませんし、そういうことにならないように節度ある利用が望まれます。

過ぎたるはなお及ばざるが如しとはよく言ったものですし、このケースを他山の石として見直すべき事象がまだ無いか、さらに利便性を喪失する前に振り返りたいものです。





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