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「東京マラソン」の交通規制を考える
大都市におけるイベントはどこまで許されるのか
エル・アルコン 2007年2月17日
※この作品は「交通総合フォーラム」とのシェアコンテンツです。
●東京マラソン開催と規制
国内最大規模のマラソン大会という触れ込みの「東京マラソン」がいよいよ2007年2月18日に開催されます。
通常のマラソンが招待選手だけの精鋭によるレースであるのに対し、今回の大会は一般にも広く門戸を広げ、フルマラソンだけで2万5千人、10kmのロードレースを含めると3万人が参加する空前の規模となります。
今回はさらに、通常東京の大会ですと国立競技場から神田あたりに出て、日比谷から平和島往復となるところを、新宿の都庁を起点に、銀座や品川、浅草を巡って最後はお台場でゴールという、都心名所巡りとも言えるコースになったことも特徴です。
そうなると気になるのが規制ですが、当日は朝から大規模な交通規制が敷かれることになっています。基本的に外苑東通り及び桜田通り、春日通り、三つ目通りで囲まれたエリアが規制され、特にコースが重複する中央区付近では夕方前までの規制となり、ほぼ一日中規制されることになります。
今回は、通常ですとコースレコードにあまり差が無いトップアスリートゆえ規制時間も数十分単位ですむところ、市民ランナーが参加し、かつ数が多いことから、早いところでは8時過ぎから、遅いところでは17時前まで、6〜7時間程度の規制を要することになっています。
●規制の問題点
もともと環状道路が整備されておらず、通過流動対策が不十分な都心部を大規模かつ長時間に規制すること自体への懸念が大きいです。
また、これまでのマラソンなどによる規制が線的なものであったのに対し、今回はコースが重複したり、都心部をいろいろ回ることから、事実上面的な規制になっています。
首都高は規制対象外ですが、規制区域関係のランプが使えなくなることや、通常の休日でも都心環状線やそれを先頭にした渋滞が厳しいことから、迂回路として充分機能しないばかりか、もともと首都高を通過しようとしたクルマにも影響がでてきます。
また、コースは一般道路ですから、クルマの規制だけでなく、歩行者の横断も規制されます。
もちろん7時間にわたって横断禁止ということは非現実的ですから、ランナーの様子を見ながら通すのでしょうし、コースを極力地下鉄のコースに重ねたことで地下鉄駅の通路を使えるように配慮しています。
それでもトップアスリートの集団が通過した後、市民ランナーの集団が五月雨式、かつ大量に通過するわけで、地下鉄の駅といっても駅間がそれなりにありますから、遮断時間がどの程度になるのか、予想がつきません。
●日程の問題
2月の日曜日というと、首都機能がフル回転する平日を避け、かつ観光流動も少ない冬場ということで、無難な日のように見えます。
しかし、このシーズンは大学入試シーズンでもあるわけです。
代表的なケースとして慶応義塾の商学部の入試が2/18にあります。会場の一つとなる三田校舎へはJR田町駅からコースになる第一京浜を横断して向かうわけですが、三田校舎の集合時刻が9時半に対し、規制開始が8時55分となっており、それまでに現地を通過する必要があります。
また、早稲田の人間科学部、東京電機大のB日程がこの日です。入試会場周辺はコースにあたってはいませんが、交通規制によりアクセス手段になるバスの運行規制などへの影響がでてくることは確実です。
そういう意味では、日程の設定に難があることは否めず、特段のイベントもなく、天候の不安も無い晩秋から初冬あたりで実施すべきでした。
またマスコミ報道によると、大学関係者から、入試のスケジュールが決定した後に連絡があったという声が出ているようでもあり、そのあたりの調整不足があったようです。
●周知の問題
筆者は遠隔地にいるため、首都圏の様子は分かりませんが、聞き及ぶところを総合すれば、「東京マラソン」というイベントがあることは判っていても、それに伴う規制について正確に把握しているとは言い難いというのが大勢のようです。
今回、注意しないといけない点としては、沿道への周知のみならず、入試などで都心に来る首都圏や遠隔地への注意喚起がありますが、特に、東京に関係なく通過する交通への影響が懸念されることもあることから、首都圏全域、特に迂回路が少なく、影響が大きい千葉方面への周知はどうなんでしょうか。
●応援の問題
3万人が参加するだけでなく、大勢の応援(見物)も予想されます。
さらに青梅マラソンや箱根駅伝では、電車に乗って追いかける観客もいるわけで、観客の総数(延べ数)は相当な規模になります。
これらの観客について、追いかけなくとも沿道の各所に集まる際、また、追いかけるために移動する際と、クルマやバスが使えないことから、軌道系交通に集中することは必至です。
特に「初回」ということで、注目もあるでしょうから、群集対応が気になります。
●都心部開催の是非
そもそも論として、都心を1日とはいえほぼ日中全てを使ってこのようなイベントを行う必要があるのかということがあります。
この手の大規模なスポーツイベントを行うことは、その国の「文化」を示すものだ、という「識者」が出て来るわけですが、オリンピックのような伝統に裏打ちされ、かつ多彩な競技を実施するイベントと違い、多くのファンはいますが、マラソンという数あるスポーツの中の一つに過ぎない競技に、社会生活や都市機能を制限してまでこれだけのアドバンテージを与える意義があるのでしょうか。
参加する3万人にとっては、史上空前の大会で走れて気持ちがいいのでしょうが、興味が無い都民や周辺県民で、影響を受ける人がどれだけいるのか。その人たちを「犠牲」にする規制の規模に見合う意義が説明できるとは思えません。
それでもこれまでのようにトップアスリートの大会を最小限の規制で行うのであれば、世界最高峰の大会を開催するという文化的意義もあるでしょうが、今回のそれは、マラソンランナーという一部人々の趣味を満足させる以上の意義が無いのです。
●「海外では」のウソ
この手の批判に対し、ロンドンやニューヨークでの大会を例に引いて、東京がこのような大会を開催できないのは恥である、とか、両都市では市民もマラソンを楽しんでいる、と、暗に陽に批判する人間はレベルが低いという趣旨での批判が目に付きます。
しかし、これらの「先輩」が今回の「東京マラソン」のように都市機能を停止させているのでしょうか。
実は私はニューヨーク在住時に、ニューヨークシティマラソンを見ています。
その時の印象を思い起こすと、確かに市民はマラソンを街のビッグイベントとして、走らない人も楽しんでいます。ランナーも仮装して沿道の観客を沸かせる人も多いです。
しかし、祝日ともなれば大通りを封鎖してパレードをする「風習」が下地にあることは想像に難くありませんし、クルマの通行は封鎖しているとはいえ、歩行者はランナーがいようがほぼ自由にコースを横断できるように、流儀が全く違うのです。実際、当日私が住んでいたマンハッタンのアパートからは、コースを横切らないことには何も出来なかったのですから。
ニューヨークシティマラソン(1994年・第35回大会) |
そして、コース自体が実は交通や商業の妨げにならないように配慮されているのです。
幹線交通を遮断するのは、スタート地点のスタテン島とブルックリンを結ぶベラザノ橋くらいで、そこは大量のランナーを捌くべく、2層式の吊橋を全部ランナーに開放して、規制時間を極小化しています。その後も時間差が付きにくい出だしはコースを分けて、大量のランナーが人間の渋滞にならずに、極力短時間で通過できるように配慮されています。
コースはスタートのスタテン島を含めてニューヨーク市の5つの区(ボロー)を回りますが、通過交通に影響がでにくいコースです。
そしてニューヨークの中心マンハッタンのコースも、イーストリバーを渡る橋ではどちらかというとローカルなクィーンズボロー橋でミッドタウンの北に入り、マンハッタン東端の一番街を北上し、ブロンクスで折り返すと五番街を下りますが、ハーレムを過ぎて早々にセントラルパーク内の道路に入り、そのままパーク内のゴールへ至ります。つまり、マラソンコースはミッドタウンの五番街もブロードウェイもエンパイアステートビルも通りません、南部のウォール街も通りませんし、コロンビア大学があるアッパーウェストも通りません。都心の名所をこれでもかと巡る今回の「東京マラソン」とは似て全く非なるものです。
●「市民マラソン」を育てるのなら
通過流動の迂回路も無い東京において開催される今回の「東京マラソン」、成功するにしても失敗するにしても、まず忘れてはいけないのは、他国の大会に比べても都市の機能を必要以上に制限して初めて実施できたということです。
少なくとも通過流動対策ができるまではこのような大会は時期尚早、といってしまえば実も蓋も無いのですが、トップアスリートの大会もそうですし、人気の箱根駅伝ですら、ランナーは1車線だけ開放して並走する形でクルマを通しているように、交通への影響が既存の大会とまるで比較にならない以上、対策が充分に取れないのであればそれは本来無いものねだりにすぎません。
箱根駅伝(蒲田・2006年) |
かといって「花のお江戸の真ん中」で行う意義も確かにありますし、イベントとして見ても、健康的であり、無碍に否定することはそれこそ野暮でしょう。
そうなると、都市機能の制限とどう折り合いをつけるかが鍵になります。
ニューヨークのように郊外区間で距離を稼ぐというのも一つの手です。江東区、墨田区あたりを回り、放射交通と交差するポイントは荒川の河川敷などを使って回避しましょう。
そして一番差し障りのない方角から都心を一気に横断する、という感じです。
横断が厳しければ、一気に都心に入り、お堀端を一周して皇居前広場でゴール、というようにすれば、もともと休日の日中は規制されているエリアを活用できます。
今回の開催は、「夢」を後先考えないで一気に実現してしまったような感があります。
しかし、その基本理念を活かして、末永く続けるためには、どうしてもある程度の見直しをすべきであり、それ如何で、真に市民に愛される大会になるかが決まります。
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