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姫路駅高架化の記録


務めを終えた翌朝の姫路駅旧駅


※写真は2006年3月、11月および12月撮影


JR姫路駅周辺の連続立体化事業は、2006年3月26日未明にそのメイン工程となるJR神戸線、山陽線部分の新駅、新線への切り替えを行い、朝7時頃から新しい姫路駅が始動しました。

これだけですとどこにでもある連続立体事業なんですが、今回のプロジェクトが注目を集めたのは、姫路駅西方でJR線を跨ぐ山陽電車の存在です。

JRの高架線を潜る山陽電車の新線

山陽電車は高架の山陽姫路駅を発車後、JRの在来線を跨いだあと、山陽新幹線の高架を今度はくぐりながら地平に降りて手柄、飾磨方面に向かいます。そのため、JRが高架化されると、山陽電車の高架が邪魔になるのです。
通常こういうときは後から高架化されるほうが高高架で一気に跨ぐのですが(JR東海道線岐阜、東武伊勢崎線新越谷)、駅部での高高架ゆえ新幹線と同一レベルの高高架が駅前に並ぶ威圧感もあり、世界文化遺産・国宝姫路城を中心にした街である姫路のランドスケープとしては好ましくありませんし、いたずらに事業費がかさむ問題もあります。

山陽電車が高架で越えていたJR線は地上を走っていた

山陽電車をこれを機に地下化するというような話もあったようですが、結局取った策は、山陽電車がJR線の新高架までに地平に降りて、JRをくぐるという逆立体工事でした。
逆立体は小規模なものはたまにありますが、幹線鉄道同士の逆立体となると、1934年の阪急線と省線の逆立体(省線が高架化、阪急が地平へ)くらいしか例が無く、道路との逆立体でも幹線交通同士となると、2001年の西武池袋線中村陸橋の逆立体(西武が高架化、新目白通りが地平へ)が思い浮かぶくらいで、交通全体で見ても重大な出来事といえます。

逆立体工事後の中村陸橋(下が新目白通り)


この世紀の工事が実施されてから1年近く経ちますが、実は切り替え前日と当日の2日にわたり、つまみ食いですが見ています。
このときの様子などを記録として述べて見ましょう。

●高架化まで
JRの高架化は26日、つまり25日深夜に実施されますが、山陽電車は同時に一発切り替えとは行かずに、26日の終日を運休することになりました。
実は姫新線、播但線の高架化が今回はまだのため、高架の山陽線に並行して地平の姫新線が走るため、山陽電車が高度を下げようにも今度は姫新線に引っかかるため、姫新線が高架化されるまで山陽姫路と手柄もしくは飾磨あたりが長期間運休すると言う噂が流れたほどでした。

逆立体化直前の交差部(手柄側から)

しかし、姫新線は山陽電車の下り勾配を交わすべく掘割でもぐる仮線が用意されたため、山陽電車の運休は1日で終わりました。それでも終日にわたり1つ手前の手柄から山陽姫路までの区間が運休というのは前代未聞であり、周知にはあらゆる手段を使った感があります。

新旧分岐部(切り替え前日)新旧分岐部(切り替え当日)

その中でも有名になったのは、地元のサンテレビを中心に流れたテレビCM。
朴訥な雰囲気の山陽姫路駅長が出演し、指差し確認よろしく姫路と手柄の駅名を指して同区間のバス代行を告げる、と最後の瞬間に、ガニ股で手の平を上にした「お手上げ」?のポーズで両駅の駅名標を指すというおどけた演出は、確かに注目を集めました。
余談ですが、山陽姫路駅の改札前にテレビモニターが置かれ、そのCMが当日も含めて流れていましたが、モニターを見て目線を右手に向けると、駅長室に駅長ご本人が、ということもしばしばとか。

●その前日
午前中の早い時間に時間が取れたので、直通特急で姫路に向かいました。
実はさらにその前夜の24日深夜、姫路駅西方にあってJRを跨いでいた県道の大将軍橋(すでに仮橋として存在)を撤去し、26日の朝から地平で開通させるという作業がありました。
大将軍橋が仮橋だったのは、高さが高架線と被っていたため、それを超える高さの仮橋を作り、高架線を通していたのです。

仮橋撤去直後の大将軍橋(手柄側から)

その作業に使われたのが国内最大、1200トン吊りのクレーン車で、これが跨線橋部分の床板を一気に吊り上げて除去しましたが、まずはそれを見に行きましょう。

翌日のみの終着駅になる手柄を通過すると、折り返し用の両渡りのポイントが見えました。そして新線区間を分岐して今日が最後の高架橋でJR線を超えて山陽姫路入りです。

両渡りが用意された手柄駅姫路側最終日のJR線乗り越し高架
両側にはJR新線の高架が迫る

改札をでて、それと思しき方角へ歩きます。
山陽電車の高架脇を歩き、橋が無くなり今夜JRが上に上がるまでは通れない大将軍橋は、あの姫路モノレールの有名な遺構である大将軍駅跡の脇からアプローチ。警備員がバリケードとともに睨みをきかせています。

大将軍駅跡の脇にバリケード

小さな踏切を渡り、クレーンが鎮座する広場へ。この踏切のあたり、山陽電車が急降下してJRの高架をくぐるため、姫新線は高架化までの間、山陽電車の高架をくぐるためにV字型のアップダウンをしますが、新宿駅新南口のJRバスターミナルへのアプローチのようです。

旧駅の岡山側の配線山陽姫路駅構内の切り替え部

件のクレーンは直特の車内からもよく見えましたが、V字型のアームが特徴的です。片方が対象物を吊りますが、もう片方はウェートとつながっており、そのウェートが多くの車輪をつけて鎮座しており、この大仕掛けが1200トンという荷重を吊ることを可能にしています。

近くまで寄るとファインダーに余って全貌が撮れないというのも、クレーンの大きさを表しているのです。

1200トン吊りの巨大クレーン全景


●前夜、そして姫路まで
実はこの両日、当サイトでもリンクさせていただいている方々と一緒に神戸や播州を回る機会を得ていました。クレーン見物を終えて神戸市内に戻ってから合流してたんですが、夜も更けて当夜はお開きという頃、JR三ノ宮駅の案内に「御着」の文字が出てきました。

先発は快速御着行き

これは最終近い快速3本が、工事時間帯にかかるため手前の御着止めになる措置です。
三ノ宮の段階では御着行きの後に姫路行きが見えますが、これは新快速で、途中で御着行きを追い抜き、地平の姫路駅に到着する最終電車となります。
ちなみに姫路駅への連絡は道路の関係で御着ではなく、その1つ手前のひめじ別所からバス連絡となっており、一杯気分で御着まで流れ着いてしまうと大変だったようです。

さて翌朝、山陽電車で姫路に向かいます。
この日は終日手柄折り返しですが、電車や駅の表示はLEDであっても姫路のまま。「御着」を出したJRとは違います。
ただ、駅や車内のアナウンスでは、工事により手柄止めであることを繰り返していました。

直特飾磨行き(飾磨)

手柄を控えた飾磨で下車して、皆さんと再会します。
次の直特は、ダイヤの都合で唯一手柄に行かない飾磨行き。山陽車の前面には「直通特急」「飾磨」と出ていましたが、側面は赤地に白抜きの「直通特急」表示でした。
そして手柄へ向かいます。実は手柄最寄りの酒蔵と提携して毎年「播磨酒蔵ライナー」を運転している関係上、手柄の下り線はもともと6連対応であり、同列車が団体扱いとはいえ「手柄行き」でしたから、厳密には6連電車の停車も、手柄行きも初見参と言うわけでは無いのです。

当日の手柄駅バス乗り場は上り線の脇に

手柄駅は飾磨側に構内踏切と駅舎がある構造ですが、姫路側に臨時の構内踏切を設け、代行バスの乗り場に誘導しています。
上り線ホームの脇の広場を仕切ってバス乗り場とし、ノーラッチで代行バスに乗れるシステムですが、ちょうどいい場所に手頃なスペースがあったものです。なお手柄駅利用者も手柄駅の改札を通ってから上り線ホームを通り、バスに乗ります。
臨時の構内踏切に「山陽百貨店は営業中」の立看板があるのは、百貨店を含めて山陽姫路駅が丸ごと休業と勘違いされてはかなわないということでしょうか。

手柄に着いた直通特急バス乗り場への踏切。奥は引き上げ線

1日限りの仮設とはいえ、かなり大掛かりです。電車は下り線ホームに到着し、姫路側の両渡りを使って本線上を区切った引き上げ線に入り、上り線ホームから出発します。
このあたり、梅田側に両渡りを入れてどちらかのホームから折り返すという関東流でなく、引き上げ線を使う関西流というのも律儀です。もっとも、ダイヤ上は15分ヘッドの直特が山陽姫路で2本並ぶため、引き上げ線で滞留させないとダイヤが成立しないという理由によるようです。
感心したのは折り返しで発車する時に運転台のガラス掃除をしていたこと。山陽姫路駅では見る光景ですが、1日限りの対応でも手を抜かずに実施しています。

手柄駅全景(飾磨側から)一時ポイント故障の混乱も

お馴染みの黄色い山陽バスが広場に入っていますが、台数は潤沢に出ているようで、途切れるという感じがしません。正面の行先表示は「姫路⇔手柄/電車代行バス」という二段書き。正面の通常ならツアーなどの宣伝をするところに、「山陽電鉄 代替輸送バス XX号車」というゼッケンがついています。ユニークだったのは側面の表示で、「姫路−手柄−手柄−姫路」という往復表示でした。

バスからの乗り継ぎを待つ直通特急代行バスが手柄駅に到着


●姫路界隈
バスに乗ると淡々と市街地を進みます。ごくごく普通の道であり、交差点も何箇所か曲がります。山陽姫路駅の臨時乗り場に指定された高架下のスペースへの最終コースは、道が狭いため、高架完成後に拡幅する道路予定地を使って往復運行を可能にしていましたが、歩道もしくは空き地という場所を走るので揺れました。

姫路駅に向かう代行バス道路予定地を走る代行バス(右側)

その臨時「姫路駅」ですが、山陽姫路駅から持ってきたのか自動改札機が用意されています。駅名表も高架の柱に貼られており、「りんじ」(駅名標に添えられえていた)ながら、かなり頑張っていました。

姫路駅(臨時)改札口柱には「さんようひめじ りんじ」の駅名標も

そこからは導かれるままに歩くと東西自由通路を通り山陽姫路駅の改札階に出る感じ。もちろん南側にそのまま出ることも出来ます。
山陽姫路駅に行くと、ホームなど駅構内の改造工事(直特発着ホームの入れ替えや新線への付け替え)の真っ最中でしたが、駅長室など営業もしていたのは意外でした。

工事中の山陽姫路駅
中央のモニターで駅長さん奮戦中
姫路駅バス乗り場

さて、切り替え区間を歩きました。大将軍橋の通行規制は解除され、いったん坂を上がり、すぐ降りるようになっています。
山陽電車の昨日までのガードを踏みつけるようにJRの高架がつながり、新線をJRの電車が走っています。新旧の分岐点は昨日までと違い新線と接続しており、軌陸車による架線などの設営の真っ最中です。

旧線高架は務めを終えて新線は設営真っ盛り

そして駅すぐ西側の踏切に戻ると、姫新線部分を除いて線路方向に柵が出来ており、背後のターミナルと線路を塞ぐ柵の取り合わせは不思議な光景でした。

JR駅をのぞいてみましたが、姫新線、播但線がそのままということもありますが、2面4線(+通過線)という構造はターミナルとは思えない小ささすら感じます。
ホームには有名な「えきそば」のスタンドが密閉式になって残りましたが、その側面に姫新線のキハ47のコラージュがあるのは通なデザインです。

高架化されたJR姫路駅高架駅の様子


●その後の姫路
旧駅部分の東西に残った姫新線と播但線は当初行き来が出来たため、高架ホームから地平レベルに降りた後、旧ホームから東西の跨線橋、地下通路経由で正面の改札に出るようになっていたため、バリアいっぱいという感じでした。

当初は両側の跨線橋か地下道経由今は平面移動に

これが晩秋になると、姫新線が分断され、旧ホームの真ん中に通路が出来、バリアフリーになっています。

地平で残る姫新線ホーム同じく播但線ホーム

その頃には跨線橋やホーム構造物の解体が進んでおり、やがて播但線や姫新線部分の工事もはじまり、完全な姿になるのでしょう。

旧駅の解体が進む...













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