このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください





トヨタ館が示す哲学
「交通」の将来像を愛知万博で考える



2005年日本国際博覧会、愛・地球博の人気パビリオンと言うと何と言ってもトヨタグループ館です。
開門前からゲートに並んでいたのに、整理券が取れなかったとかいろいろな逸話がありますし、日本を代表する企業、しかも地元愛知を本社とするお膝元での開催ゆえ、「トヨタ万博」という陰口さえ聞こえてくるなど、いろいろな面でこの企業グループを抜きにして万博を語れないというところでしょうか。

この愛知万博、当初計画が「海上の森」を破壊すると言う批判が転じてのこととはいえ、環境を旗印にしているわけで、環境にとっては「不倶戴天の敵」とも言える自動車メーカーの「総帥」がどう共存するのか、なかなか興味深いものがあります。

トヨタ館に並ぶ人々
(整理券で指定された時間に並んでいるところです)

写真は2005年7月撮影


メインテーマを「自然の叡智」、サブテーマに「宇宙、生命と情報」「人生の”わざ”と智恵」「循環型社会」を掲げた愛知万博。とってつけたような、と言う批判はあるでしょうが、そこかしこに見える環境への取り組みは、これまでの博覧会と様相を大きく異にすると言っていいでしょう。
とはいえ、博覧会の華はやはり企業や諸外国のパビリオン、特に企業のパビリオンは趣向を凝らした展示や仕掛けで観客を楽しませてくれました。

しかし、今回は環境がテーマゆえ、企業はその技術を前面に押し出していればいいと言うわけにもいかなくなりました。
ところが、出展する企業群の旗頭と言うと地元愛知に本社を構え、世界に冠たるトヨタ自動車ですが、モータリゼーション=環境破壊という分かりやすい?批判を受け続けてきた巨大企業が、万博のテーマとどう向き合うのか、興味深いところです。


●トヨタ館を見て
その時点で史上3位の入場者数を数えた人出でしたが、幸い、ゲートの選択が良かったのか、企業パビリオン群に向かうとトヨタ館の整理券の行列に吸い込まれ、そのまま整理券を受け取ることが出来ました。
指定された時間にトヨタ館に出向くと、円形劇場の入口ごとに整列して入場します。そして案内された席に着くと、まずロボットによるコンサート。この可愛くも器用なロボットたちはPRなどでも使われているため、今回のトヨタ館の出し物はこれがメインか、と思いました。
しかし、実はこれは「ウェルカムショー」。メインショーはそのあとで、宙乗りで現れるパフォーマーと1人乗り自動車?によるパフォーマンスショーなのです。

ロボットのコンサートは分かりやすく、またホンダのアシモというライバル?もいるわけで、自動車メーカーのショーとして得心が行くものですが、このメインショーは難解でした。子供にはまず分からないだろうな、という内容であり、整理券が瞬間蒸発するという人気も、この内容であることを果たして理解しての人気なのか、と首を傾げたくなるくらいで、パフォーマンス自体は素晴らしいが、1人乗り自動車がトヨタ製なんだな、というところを別にしたら、なぜこれをトヨタがやるのか、と思うものでした。

円形劇場に至るまでの通路、そして円形劇場を出てのスペースには、万博のテーマに即した環境対策や先端技術の展示箇所があるわけですが、あくまでメインは円形劇場です。そしてそのメインショーには、万博やる以上、何かしらのメッセージがあるはずです。


●21世紀の「モビリティの夢、楽しさ、感動」
これがトヨタグループ館(「トヨタ館」)のテーマです。

トヨタ館のパンフレットによると、明るく豊かな未来社会の方向性、として「世界中のすべての人々がモビリティの恩恵を享受し、人と自然、地球が共生する社会」を掲げ、5つの具体的な方向性を提案しています。

その方向性は、

1.地球循環型社会:地球の再生メカニズムに沿って資源を上手に活用する社会。
2.動力源の革新:水素をクリーンなエネルギーとして活用する社会。
3.最適なモビリティの活用:移動のニーズに応じて、さまざまなモビリティを賢く使い分ける社会。
4.社会との調和:交通事故や渋滞のない社会。高齢者や障害者の方々も自立して移動し、生き生きと暮らせる社会。
5.個人の欲求の充足:「より自由に移動したい!」「好みに応じた移動を体験したい!」

とされています。

自動車メーカーである以上、そのメニューのひとつである「公共交通」も含めて、「移動」に対する人間の欲求と向き合うことから逃れられません。その宿命を踏まえながら、万博のテーマである環境問題とどう折り合いをつけていくか、そしてそれによって人間の利益につなげていくことを目指していると言うわけです。

単に移動する手段の提供、手段の革新というよりも、「移動」という根本の部分をを見据えているように感じられます。
それは分かりづらいし、ややもすると人間の欲望に転嫁するようでもあり、評価が分かれるところでしょうが、自動車メーカーが訴える内容が、技術だけでなく、何のために自動車メーカーがあるのか、という哲学的な部分に踏み込んでいるというところに、トヨタの奥深さを感じるとともに、素直に唸らざるを得ませんでした。

自動車メーカーが人間の欲求である移動の本質を追求し始めているなかで、「交通」というものはどう変わるのか。「ニーズ」からアプローチしていく流れの中で、これまでの「交通」に対する認識、そしてあるべき姿がどう変わるのか、そこまで考える時期がついに来ているのかもしれません。

ちなみに1人乗りの自動車?は「i−unit」と言うそうですが、座ってクルマのように動かすと思えば、スタイルが変わり直立したような格好で移動すると言う按配で、自動車と言うより歩行器、移動補助具のような感じです。中には二本足で歩行する「i−foot」なるものもありますが、高齢者、障害者と言った歩行が困難な層にとっては、このようなツールは自由に動けることを意味するわけで、まさに「モビリティの夢」であり、「恩恵」ですが、反面、健常者もこのようなツールが当たり前になることが本当に幸せなのか、という疑念もあるわけです。
テクノロジーとしてはそれでも究極へ進むのでしょうが、「哲学」としてどう答えるのか、そこまで踏み込んでいれば完璧だったでしょう。


●際立つ先鋭さ
そして展示に戻れば、メインショーのテーマは「動くことは自由であること、動くことは生きること」です。
「i−unit」と言うツールがそのテーマの鍵となっているわけです。言われてみて(パンフレットを読んで)ようやく膝を打つと言うほど難解なテーマと言うのも苦しいですが、万博のテーマと折り合いをつけ、さらに先を見据えるとこうならざるを得ないのでしょう。

一歩間違えれば「なにこれ?」で片付けられそうな出し物を万博で提供するという先鋭的な試みをどう評価するべきかは難しいものがあります。
実際、(社)日本自動車工業会による「ワンダーホイール展・覧・車」は、自動車の進化・発展というある意味分かりやすい、ある意味月並みなテーマとして「人・クルマ・地球→未来へ」を掲げていますし、交通モードとしてはライバル関係に位置するJR東海の「超伝導リニア館」はさらに技術に特化して「陸上交通システムの限界を超えて」となっており、どちらかと言うと従来の博覧会のパビリオンの王道を行く分かりやすい展示といえましょう。
(私はこの両館には未入場のため、万博公式サイトの説明を参照している)

ワンダーホイール展・覧・車(北ゲート外側より)

トヨタもそこは抜け目なく?、燃料電池バスやIMTSというツールを提供することで、パビリオンでことさらに技術を喧伝する必要性に乏しいがゆえの「余裕」なのかもしれません。「王者」が先を見据えた哲学を示し、さらに燃料電池バスやIMTSといった公共交通向けの最先端の技術もまた示しているのですから、「ライバル」たる各企業、特に公共交通が技術はもちろんのこととして、そういう「哲学」を持った経営をしているのかを考えると、その差は如何許りかと思います。

もちろん、トヨタは営利企業ですから「哲学」を見せながらも足元は手堅く普通のクルマを売る経営をしていることは確かですし、人間や社会を考えているかと言うと、果たして本当にそうなのか、と思わざるを得ないほどドライな面があることもまた事実です。
とはいえ、そういう「哲学」を前面に出せると言うことは、企業としていろいろな面で「余裕」があるということです。そしてトヨタに限らず自動車メーカーを見渡すと、アシモのホンダもそうですし、日産にしても「人々の生活を豊かに」をテーマにしています。

そう考えたとき、先に述べた通り「移動」の本質に向き合っている「王者」はおろか、他の自動車メーカも含めて、ユーザーをはじめとする人間を視座に据えた経営を前にしては、いかに技術が革新的であっても、「交通」に対する認識が現状の延長線上にあるままでは、周回遅れと言うようなレベルではない差が生じてくるのではないのか。そういう軽い不安すら感じたのです。

瀬戸会場を後にする燃料電池バス隊列走行でEXPOドーム駅に近づくIMTS




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