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トラムやぶにらみ〜その5
続行運転のリスクを考える
続行運転が恒常化している広島電鉄 |
※写真は2006年1月および8月撮影
第5回目はシステム論です。
●鉄道と軌道、閉塞の有無
第2回目の広島電鉄でも指摘しましたが、路線網が稠密になり、輸送力増強が輸送量においつかなくなると、電車の「渋滞」が発生する問題が出てきます。高速鉄道でも同じような問題は発生していますが(かつての東武伊勢崎線北千住や、今の東急田園都市線や東京地下鉄東西線など)、こうした高速鉄道と決定的に違うのは、路面電車には閉塞の概念がなく、クルマのように目視でギリギリまで詰めると言うことです。
直後に迫る後続の電車(広島電鉄) |
また、単線区間においては、1列車あたりの輸送力が小さいため、2台ないしそれ以上の続行運転を行い、これらの車両群単位で交換することで、輸送力を確保しているケースもありますが、このケースでも列車群を構成する各車両間の運行は目視による運転です。
(高速)鉄道の場合、路線はいくつもの閉塞区間に分かれており、1つの閉塞区間には1個列車しか入らない原則になっています。この原則を担保するのがかつてのタブレットであり、今の自動閉塞です。後続の列車は前の閉塞区間に列車がいる場合、信号システムにより侵入が阻止されますから、追突のリスクはないことになります。
なお、複線での駅間など中間では信号が赤でも目視低速で進入できる「無閉塞運転」の取り扱いがありましたが、ここ数年でも東海道線や鹿児島線で、無閉塞運転により同一閉塞内に後続が入り、追突する事故が起きていることから、この取り扱い事態を全面的に禁止する流れになっているようです。
閉塞は正面衝突や追突を防止するフェイルセーフシステムであり、鉄道の場合はなんらかの閉塞方式に拠らずに運転することは有り得ません。しかし、軌道に関しては正面衝突の危険がない複線区間においては閉塞方式による運転を要求されていません。
閉塞方式はフェイルセーフシステムであり、鉄道においても複線区間における無閉塞運転での事故が発生していることから、閉塞方式に拠らない軌道の運転方法は、本来リスクが高いものとして認識しないといけません。
しかし、現状を見る限りにおいては、そのリスクを軽減する方向性が見えないのも現実です。
では、なぜリスクをそのままにしているのでしょうか。
●追突と無縁ではない軌道
道路上を走る併用軌道、また専用軌道に限らず、軌道として閉塞方式に拠らずに運転される線区で追突等の事故が起きないかと言うと、そうではありません。
2006年6月には東京都交通局(都電荒川線)において、先行する試運転の車両がブレーキテストなどの理由で停止と走行を繰り返しながら進んでいたところ、テストで停止した時に後続の営業中の電車が追突し、乗客など26人が負傷する事故が起きています。
また、日本一の路面電車王国である広島でも、2003年1月に電停に撒いた融雪剤が原因で電車同士が追突するなど、小規模な追突事故の話は長崎、高知など全国であるわけです。
都電荒川線の事故現場付近 |
一方で運行の実態を見ると、特に終端となる電停、また中間の電停でも中心街や乗り換え駅など乗降の多い電停の前では朝夕を中心に電車が渋滞しています。その際、こまめに動かして先頭のドアだけ電停のアイランドに掛けて乗降を扱うと言うような臨機応変の措置が取れる反面、ちょっとでも滑ったら追突必至と言うまで詰めるケースもあるわけです。
もちろん船の接岸のように岸壁の古タイヤにぶつけるというのがデフォルトとか、遊園地のゴーカートのように終点では前車にぶつけて止まるのがお約束と言うのであれば誰も文句は言いませんが、追突は路面電車であっても事故なのです。
●なぜ軌道では容認されるのか
こうした「名人芸」も現在の鉄道の世界であれば「あわや」といえる事態、つまり「ヒヤリ・ハット」の域ですが、なぜ軌道ではそうした取り扱いが肯定されるのか。
軌道は低速だから、というのをまず上げる人も多いかと思いますが、上記の無閉塞運転による事故も、無閉塞運転は15km以内と言う制限がある中での話です。事故の際には速度超過もありましたが、無閉塞運転の取り扱い自体を禁止すると言うことは、低速でも無閉塞運転は危険、と言うコンセンサスがあるわけです。
路面電車が低速かという話にしても、確かに40kmという制限は、クルマの法定速度や、併用区間での規制速度と比較しても低く抑えられていますが、鉄のレールと車輪による軌道系交通は、制動距離がクルマの3から6倍ですから、クルマに比べて7、8掛け程度の制限速度であっても制動距離は明らかに長くなるのです。特に路面電車はハンドル操作で左右に回避することが出来ないため、リスクは高いです。
この状態ですと、軌道内通行可の状態でクルマが急制動を掛ければ、制動距離の差から電車が追突すると言う危険性が高いですし、進入禁止の規制があっても、横断方向に何らかの障害が発生した場合などにおいてリスクがあるのです。
しかし現実は、2006年10月に広島電鉄が速度違反を指摘され、最近までさらに低い速度に「自粛」していましたし、黄色から赤になっても止まれずに(止まらずに)交差点に進入したり、逆に青になる前に加速するケースは日常茶飯事と、さらにリスクを高める方向にありました。
軌道内通行可のケース(都電荒川線) |
●メリットならリスクは容認すべきなのか
閉塞方式を必要としないことから、続行運転により輸送力を増やせるという面は確かにあります。それが路面電車のメリットでもあります。
しかし、それが特性だから閉塞方式や、それに準じる対策の導入をすべきと言うと、路面電車のメリットが生かせないという理由での反対論が聞かれることも事実です。
また、鉄道方式の閉塞方法の導入は、クルマなどが行き交う路面に地上子を設置することは事実上不可能なので、その方向から現実的でないとする意見もあります。
しかし、クルマよりも制動距離が長い路面電車が、クルマ並みに車間を詰めて走行することは、事故と言う結果の数はともかくとして、リスクと言う意味ではクルマより高いと見なければなりません。
そのリスクを回避して実際の事故発生を極小化してきたのは明らかに「名人芸」であり、「名人芸」に頼るという前近代的ともいえる状態は、フェイルセーフの発想から見れば、非常に危うい状態です。
機械的バックアップもなく寄せる名人芸(広島駅前) |
いわんや軌道法の体系ではそれで良いから良いんだと言う根拠は話になりません。法律や制度が容認していてもリスクが高い事例はいくらでもあり、それを改めてきたのはどのジャンルでもあります。それどころか、リスクを残してきたことで、致命的な事故を起こしたケースだってあるのです。
安全面でのリスクは、メリットとトレードオフに出来るものではありません。
安全が担保出来ない状態は本来あってはならないものであり、鉄道の閉塞方式に匹敵する保安システムを軌道にも導入することを考えるべきでしょう。
そんな方法があれば教えて欲しい、という人も多いでしょうが、位置や間隔の把握と言う意味では、今の技術であれば決して不可能ではないと考えます。誤作動や過剰反応も多いですが、今やファミリーカーでもバンパーに接近センサーを当たり前のように搭載していますが、そうした技術の応用もあるでしょう。
もし本当に出来ないのであれば、可能な範囲の保安システムでカバーできない運転方式(最高速度や運転間隔)はすべきで無い、全く出来ないのであれば、軌道と言う運転方式は退場すべき、となるのが、他のジャンルでの常識なのです。
昨今のLRT推進論においては、LRTとは単なるLRVではなく交通システム全体とよく言われますが、こうした保安面における「前近代性」も同時に改革しているのでしょうか。気になるところです。
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