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トラムやぶにらみ〜その8
嵐電天神川、最低の選択と最高の設備


「癒しの嵐電」との結節はどうか

※特記なき写真は2008年7月撮影


第8回目は鉄軌道同士の結節点となった太秦天神川、嵐電天神川を取り上げます。

これまで二条から洛中を東西に結び、東山を抜けて山科からは外環状線沿いに六地蔵に至る京都市営地下鉄東西線ですが、2008年1月16日に二条から西へ太秦天神川まで延伸されました。

西大路を越え、「碁盤の目」を外れてもなお「三条通」を名乗る通りが西北に向きを変えて、地下鉄が走る御池通と交差する地点が太秦天神川。南北に走る天神川通と御池通、三条通の三角地帯には右京区役所を取り込んだ「SANSA(サンサ)右京」が建設され、交通広場とともに右京区の新しい拠点となっています。

その三条通を走るのが京福嵐山本線。通称「嵐電」です。
四条大宮から西院を経て、西大路三条(三条口)から三条通の併用軌道を走り、その先も断続的に併用軌道区間が現れながら北野白梅町からの北野線が合流する帷子ノ辻に至り、専用軌道で嵐山に至っていますが、併用軌道を持ち、路面電車然とした車両ながら高床式でステップが無く(床面が比較的低く、併用区間の電停もホームが高い)、軌道とも鉄道とも断じがたい「軽電車」という表現がぴったりくる路線です。

地下鉄の太秦天神川駅が開業した当初は、嵐電は駅前の三条通上の併用軌道を走りましたが、最寄りの電停は無く、少し先の蚕ノ社駅が乗り換え駅となっていました。
乗り換え駅として太秦天神川駅前に嵐電天神川駅が開業したのは2ヶ月強遅れた3月28日。SANSA右京への地下駐輪場開設や右京区役所の移転が同時期であることから、地上の再開発とあわせたことで時期がずれたのかもしれません。

●地下鉄から嵐電へ
地下鉄側の太秦天神川駅はまあ一般的な駅ですが、嵐電乗り換えの案内に従うと、SANSA右京の一角にある吹き抜けの空間に出ます。地下駐輪場の入口があり、そこからもう一層上がると地上に出て、目の前の三条通の嵐電天神川駅が目の前に現れます。

斜め前が嵐電天神川駅への乗り換え口

目の前にあるものの、電停は高床式の電車に備えたホームであることもあり、相対式のホームに側壁と屋根を備えた本格派。歩道側も柵があり、電停からスロープでつながる横断歩道部分でのアプローチになります。さすがに横断歩道部分は無理ですが、それ以外には上屋もあり、両者の乗り換えはスムーズなものといえましょう。

嵐電天神川駅(右が太秦天神川駅)

地下鉄駅には当然エレベーター、エスカレーターがあり、電停側はスロープとなっているため、バリアフリーの面でも優れています。欲を言えば吹き抜けが鎮座する関係なのか、エレベーターは電停から見て吹き抜けの反対側に出てしまい、歩かされるのが難点です。

●完璧なる両駅
まあその程度は目を瞑りましょう。
地下鉄と嵐電、また交通広場に入る市バスとの結節点として、太秦天神川駅はさすがに新駅だけあってよく出来ています。

太秦天神川駅には同じ東西線の山科駅や醍醐駅のように公共施設を抱き込んだビルが併設されており、地域の拠点としての機能も期待されます。

嵐電天神川駅も、各地で計画されているLRTの想像図のような立派な電停であり、路上ペイント電停でないだけマシというような隣の山ノ内駅を思うと月とスッポンどころでない素晴らしい出来となっています。

山ノ内駅(2006年12月撮影)


●結節点としての評価は
ではこの両駅、結節点として評価するとしたらどうでしょう。
太秦天神川、嵐電天神川ともに若干の粗は目に付きますが、さすがに近年の各地での鉄軌道の改善を踏まえた部分もあってか完璧に近い出来といえます。

だがしかし、結節点として見た時、この構造に高い評価を与えられるかどうか。
おそらく数年が経ってこの両駅を見た人は、口を揃えて褒め称えることでしょう。しかし、開業間もないこの時期、そもそもこの両駅がどういう場所に出来たのか、という「舞台裏」まで見える段階で考えると、この「素晴らしい構造」のはずの両駅は零点、とまでは行かずとも、落第点しか付けられません。

なぜここまで持ち上げておいて、いきなり落第と断じるのか。
それは既存の改造ではなく、ある意味「白紙」から設計できたはずの結節点というのに、白紙だからこそできたはずの「改善」というものが全く見られないからです。

地下鉄が太秦天神川まで来る。嵐電と接続する、という前提において、考えられる対応を上策、中策、下策とすれば、現実に出来上がった両駅は下策と言わざるを得ないのです。

嵐電天神川を後にする四条大宮行き


●中策としてのあるべき姿
三条通の北側で実施されている 太秦東部地区土地区画整理事業 の要となるのが地下鉄東西線の延伸と太秦天神川駅であり、再開発事業の核になるのが右京区役所が移転したSANSA右京です。
このエリア、施行地区の大半がもともと駐車場、学校グラウンド、環境局事務所という低未利用地であり、その設計に対する制約はかなり少なかったはずです。

その前提で考えると、この区間、決して広いとはいえない三条通を併用軌道で通過する嵐電を三条通から分離したうえで、地下鉄との結節点を構築すべきではなかったのか。
山ノ内方面から来て併用区間に入る箇所、なぜそのまま三条通を横断するようにしなかったのか。現実はSANSA右京がかぶっていて導入空間がとれませんが、計画当時はSANSA右京も含めて白紙で設計できたわけですから、三条通を横断した嵐電が交通広場の一角に電停を構えるようなルートを構築することは決して難しい話ではありません。

なぜ三条通を横断しなかったのか
(右後方がSANSA右京)

さらに三条通の北側に広がる施行地区は蚕ノ社駅の手前まで続きます。
蚕ノ社駅から嵐電天神川駅方面へカーブを描いて三条通に出てくる箇所、そのまま三条通を横断して施行地区に入ることはこれも十分可能です。ただしこちらは絶好のポイントに民有地があり、住宅が立っているのですが、これとて交渉して立ち退いてもらうことは不可能ではないでしょう。

そのまま後方の再開発用地に入れなかったのか
(蚕ノ社・2006年12月撮影)

つまり、三条通を2回平面交差することにはなりますが、この区間の併用軌道区間は解消できたのです。
三条通に御池通が合流するポイントですが、交差点に近いところを三条通に並行して御池通を横断し、かつ三条通東行きには軌道敷がなくなったことによるスペースを生かして左折レーンを設ければ、嵐電横断時に左折車両で三条通直進側も塞がれることはなくなります。

この横断歩道のあたりで御池通を横断していれば

また、軌道敷分のスペースを生かして特に南側の歩道未整備の区間の整備や、路側帯の整備による円滑な交通の実現も期待できたのです。

再開発の当初計画では、三条通の一方通行化とセットで、嵐電を三条通北側に寄せて電停を設置することになっており、それが双方向通行のままになり現状の構造になったのですが、当初計画においてもなお中途半端なものだったのです。

●さらに抜本的対応も
そもそも嵐電という低規格な軌道系交通と地下鉄が並行していることも不合理です。西大路三条(三条口)から嵐電は南下して四条大宮に至りますが、広い目で見れば京都市中心街アクセスであり、烏丸御池から南北線で四条へ至るルートが確保されれば代替足り得ないとはいえないでしょう。嵐電が西大路三条で接続する市バスも地下鉄の西大路御池で接続しており、十分代替出来ます。

東西線はこの太秦天神川からは南西に向きを変え、洛西ニュータウン方面への延伸計画があり、行政的にはその計画を温めています。
しかし現実には洛西ニュータウンからの流動を受けるべく阪急洛西口、JR桂川と新駅が開業、また開業予定であり、広い幹線道路を走るバスと高速鉄道の結節で京都の中心市街地や大阪方面へのアクセスが確立しつつあるなか、洛西までの途中区間における需要が低いと予想される東西線のさらなる延伸は中断した格好です。

一方で接続する嵐電を見れば、帷子ノ辻を経て、3kmちょっとで京都を代表する観光地の一つ、嵐山に至ります。
嵐山は紅葉シーズンを筆頭に、観光シーズンには多くの観光客でごった返し、阪急嵐山駅では入場制限が行われるなどであり、軽電車ではない普通鉄道である阪急嵐山線、JR嵯峨野線の輸送力が逼迫、いや、パンクしているといえる状態です。
嵐電も輸送力の一角として任務についていますが、連結2人乗りの体制にするのがやっとであり、押し寄せる観光客への対応という意味では戦力というにはちと心細い存在です。

嵐山側は線形もまずまず(2006年12月撮影)

その嵐電も、帷子ノ辻を出るとこれまでとうってかわって専用軌道が続き、小型車でないと通れないようなカーブもなく、比較的恵まれた線形の区間が嵐山まで続きます。
各道路とは平面交差とはいえ幹線道路を支障することもないわけで、太秦天神川から併用軌道区間が無くなる帷子ノ辻あたりまで地下で進み、そこから嵐電既存区間を改修した地上線を嵐山まで行くという抜本的な改革も考えられました。

地下鉄と嵐電は軌間が同じ、さらには意外なことに車幅は嵐電のほうが広いのです。
地下鉄規格への改造は信号、保安システムの変更などいろいろ問題もありますが、もし地下鉄を直通させるとして、中間駅のホーム延伸用地の確保という問題はあるにしろ、それ以外の面では予想以上に障壁が少ないです。

多くても連結2人乗りという嵐電の輸送力に対し、地下鉄側では東西線は6両編成ですから輸送力過剰ではと思うかもしれません。
しかしパンクしている阪急やJRの救済を考え、かつ京都市がその観光政策において、比較的少ない冬場などの観光客をピーク並みに引き上げることを計画している状態から想像できる混雑の高止まり化。さらには東山、びわ湖方面との観光回遊ルートの確立による需要の掘り起こしを考えたら、嵐電では完全な力不足です。

そういう意味で、太秦天神川での接続ではなくそのまま地下鉄が嵐山まで延伸していればという対応は、実は王道、上策とも言えたのです。
そこまでしなくとも、嵐電の四条大宮−嵐電天神川間を廃止し、上記のように太秦天神川の交通広場から発車して蚕ノ社まで三条通から分離し、さらには太秦広隆寺付近の妙な併用区間も分離すれば、全線専用軌道となることから、編成両数を増やすなど嵐電の輸送力増強も可能だったのです。

妙な併用区間(2006年12月撮影)


●現状がなぜ悪いのか
嵐電天神川駅前後の三条通併用軌道区間ですが、複線の線路を確保した後に残るスペースは狭く、バスは電車と併進できません。そのため軌道内進入可の扱いになっていますが、電車、クルマともに走行環境が悪いです。

バスは軌道部分にはみ出して運行

さらにこの狭い三条通に嵐電天神川駅の立派な構造物を設置したため、SANSA右京付近では路側帯も確保できないままであり、電停と歩道に挟まれた圧迫感のある車道はタクシーの乗降もままなりません。

そしてクルマの走行環境もさることながら、問題なのは歩道の整備がなされていないことです。
今後それなりに整備はされるのでしょうが、再開発エリア絡みで拡幅が期待できる三条通北側に対し、南側においては拡幅は難しいです。
今後改修が進むということですが、縁石で区分しただけの現状からどの程度改善できるかも怪しい状態では、歩行者にとっては「人に優しい」とは到底いえない事業です。

十分な歩道がない三条通南側

もう一点、道路が狭いことから軌道内に各種車両が進入せざるを得ないため、軌道によるスリップ事故の発生が懸念されます。
道路上、また道路脇にくどいほどスリップへの警戒を促す表示や看板があるのは、平素の状況を窺わせるに十分でしょう。

警戒を促す立看板

さらに現在はまだ三条通からの片方向しか開通していませんが、都市計画道路御池通の三条通への接続が完了すれば、御池通から三条通に入るクルマが交差点内で軌道を右折しながら斜めに横断することになります。
これはスリップしやすい状況であり、軌道併設で十分な幅員が取れない道路への合流ということとあわせて、ネックになる可能性があります。

路面にスリップ注意の表記(蚕ノ社)

嵐山方面への道路は新丸太町通のほか、この御池通経由三条通しかないわけですから、少しでも走行環境は良くするに越したことは無いでしょう。

そして地下鉄との結節にしても、地下鉄の改札からエスカレーターを2本乗り継ぐ箇所を吹き抜けにしたことで開放感ある好ましい空間になっていますが、エレベーターとエスカレーターの位置、嵐電とバス乗り場の位置が吹き抜けを挟んで向かい合う格好になったのは「結節」という意味ではちょっと甘いです。

吹き抜けは感じが良いが

まさにこの吹き抜けの位置こそ三条通から分離された嵐電の電停があるべき場所であり、SANSA右京の1階に地下鉄への入口を設け、1回折り返す形でエスカレーターを設置すれば太秦天神川駅改札前に出てくるはずです。
これならバス乗り場もすぐ脇であり、地下鉄、嵐電、バスの結節、そして地下駐輪場を介した自転車との結節という意味では、どれだけよかったか。

大阪市営地下鉄の今里筋線が地下駐輪場併設で駅を整備していますが、地上の入口やアプローチ自体は大掛かりではなく、スペースを有効に使っています。
確かに吹き抜けは無機質になりがちな地下鉄駅に潤いを与えていますが、限られたスペースを使うという意味では有効な利用とは言えません。

シンプルな駐輪場アクセス(井高野・2007年2月撮影)


●「宝の持ち腐れ」よりはマシだが
現状の配置を前提にしたら、最高の設備をフルに活用しています。そういう意味では決して宝の持ち腐れではなく、有効活用をしているといえます。

最初にも言いましたが、再開発が進み、各種ビルや住宅が立ち並ぶようになった後でこの両駅を見たら、地下鉄、嵐電、バスが機能的に結節していると高く評価されることでしょう。

しかし、新駅は周辺一帯の再開発とセットであり、その構造の決定における制約は既存鉄道の新駅としては例外的といえるほど小さかったはずです。
そのせっかくの好機を十分に生かせたとはとても言えない結果であり、さらには妄想レベルかもしれませんが、嵐山アクセスの抜本的改善につながる可能性すらあったのに、結果としては現有の設備を前提にしたままで最高の形で結んだだけというなんとも中途半端なものに終わったといえます。

再開発事業の主体は京都市であり、地下鉄はもちろん、嵐電天神川駅もその事業費6.4億円の95%を 京都市が負担 しているということは、京都市がそのデザインを決めたと言っていいでしょう。
千載一遇の好機を見送り、中途半端な併用軌道を残してまで「完璧な電停」を設置したということをどう評価するか。
高価な「LRTごっこ」に過ぎないといったら酷評でしょうか。








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