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おもしろトピック(9):あなたは列を作りますか 2001.2.2.作成
大阪に行っていつも面白いなと思うのだが、大阪の人はバスの停留所で並ばない。なんとなく人が停留所の周りに集まってはいるが、決して、並んではいない。それで、バスが来ると、バスの入り口に人が集まってきて、早く行った人から乗り始めるのである。もちろん、人を押しのけたり、口論したりすることはない。実に穏やかである。
ところが東京では、みな押し黙って整然と並ぶ。もちろん、列の途中に入ろうものなら、大変である。きっと、「ちゃんと並べよ」と非難されるにちがいない。仮に、非難されなくても、非難の視線ぐらいは覚悟しておいた方がいい。
客の数が少なく、待っている人のほぼ全員が座れるような場合だったり、夜遅く仕事も終わり、精神が弛緩してしまっているような場合であれば、たまたま知り合いがすでに並んでいて、その知り合いの所に入ってしまっても、非難されないかもしれない。これは特殊なケースである。
東京では二人待っていれば、必ず並ぶのである。不思議な習性である。
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東京と大阪では規則やルールに対する距離感が違うようである。つまり、東京の人は守るべき規則・ルールが自分に近く、大阪の人は遠いのである。大阪の人が「守らんでもええやろ」と思うことでも、東京では「守らなければいけない」のであろう。
これは規則やルールに対する信頼度の違いかもしれない。東京人は規則は守っていた方が有利になると考え、大阪人は「あまり変わらへん」と考えるのである。この点で東京人は大阪人をいいかげん、だらしないと批判し、大阪人は東京人をうっとうしい、辛気くさいとぼやくのである。
これは仮説だが、「文明度」の違いが大きいのではないかと私は考えている。
大ざっぱに言って、東京・関東は文明的後進地域だ。身のこなし、立ち居振る舞いに洗練さがない。つまり、がさつなのである。そのがさつさを律儀という「型」で封じ込めないと、ますますがさつになってしまう。律儀に停留所に並ばないと、人間関係が乱れてしまうのである。
それに対して、大阪・関西は文明的先進地域だ。人は律儀という「型」にはめられなくとも、人間関係を友好的に維持するための文明的なノウハウを身につけている。また、それが地域社会の規範としても確立されている。だから、律儀に停留所に並ばなくても、なんのトラブルも起こらないのだ。
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