このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください


. カラオケ恐怖症
  僕には音程というものが良く分からない。子供の頃から自分は音痴と気づいていたが、決定的に思い知らされたのは高校のテストである。これはどうしても納得の行かない点なのだが、なぜ歌のテストというのはクラス全員の前で行われるのだろうか。美術の作品が名前入りで教室の後ろに掲示されるのと同じくらい耐えがたい苦痛であった。数学や英語のテストは絶対に掲示されることは無い。音楽や美術の教師は、苦手な生徒の心を踏みにじっていると思うのだが、いかがだろうか。
  さて、お約束というか、そのクラスには僕がひそかに思いを寄せている子がいた。その子の前では恥をかきたくないというのは、誰もが思うことだろう。僕は生まれて初めて歌の練習をした。妹のピアノを借りて鍵盤まで叩いてみた。今となっては涙ぐましい。とにかく僕の願いは、うまく歌えなくても構わないが、たんたんと通りすぎてほしいということであった。
  ついに音楽のテストの時間がやってきた。神は僕を見放した。どうしても音程が合わない。恥ずかしさに顔が赤くなる。しかも音楽の教師はどこまでも非情な男であった。
「虎羽、前に出てこい。」
まさか歌が下手というだけで殴られはしないだろうと思ったが、何をされるのか最初はわからなった。訳もわからず、クラス全員の前に出る。
「今から鍵盤を2回たたく。最初の音と2回目の音とどちらが高い音か言ってみろ。」
それくらいなら出来そうだ。まず1回目のテスト。
「最初の方が高いです。」
「じゃ、次、これは?」
「2番目のほうが高いです。」
そのとき、クラスがざわついた。ひょっとして間違えたのか?俺はこんな簡単なテストがわからないのか?不安が渦巻く。
「はいこれは?」
もうそのときは頭が真っ白であった。どちらが高いか全然分からなくなってしまった。クラス全員の前で、しかも好きな子が見ている前で絶句してしまった。その後、3問くらい出されたが、全然答えることが出来なかった。そのとき、もう一生人前では歌わないと決心した。17歳という多感な年頃の夏の話である。



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