このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください


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. 東京大神宮のお賽銭

 「ねぇ、ユキちゃん。東京大神宮に行ってみない?」

 論文も出し終わって、来月は卒業式。研究続きの学生生活は充実していたけれど、ここ数年彼氏がいなかったのがちょっと残念。4月からは社会人としての生活がスタートする。噂によると、新入社員は先輩社員から飲みに誘われることが多いらしい。「ご縁がありますように。」というわけで縁結びで有名な 東京大神宮 に、同じ研究室のユキちゃんと行くことにした。

 飯田橋の駅を下りると、何か思いつめたような表情の女性が、東京大神宮の方に歩いていく。たぶん同じ目的に違いない。東京大神宮に着いたところ、平日の昼間だというのに、心から幸せを願う女性達が長蛇の列を作っていた。ユキちゃんと私も列に並んだ。

 北風が吹いて寒いけれど、誰も帰る人はいない。みんな真剣に出会いを探しているみたい。真剣な女性達に比べ、男性は場違いのような気がするのか、ちょっと恥ずかしそうだった。

 なかなか前に進まないのが、ちょっといじやける(注:茨城の方言で「腹が立つ」の意味)。一人一人のお祈りする時間が長いから。手を合わせて真剣に祈っている女性の背中から、執念のような気が立ち上っているのが見える。

 やっとユキちゃんと私の番が来た。隣のユキちゃんを見ると、「ご縁がありますように」という意味を込めて、ヴィトンの財布から5円玉を取り出していた。私も5円にしようと思ったけれど、無かったので50円玉にした。きっとユキちゃんより、10倍のご縁があるはず。奮発して、50円玉をお賽銭箱に入れた。

 たっぷり1分以上かけて祈ってからユキちゃんを見ると、まだ祈っていた。実験で試験管やビーカーを見ているときよりも、真剣な表情だった。



 翌日、研究室に行ったら、ユキちゃんはまだ来てなかった。別の友達に話しかける。

「昨日、東京大神宮に行っちゃった。」
「ご利益があるといいね。」
「絶対ご利益あるよ。だって、お賽銭で50円も上げてきたからね。」
「あれ、115円じゃないの?」
「115円?」
「あれ、知らないの?ご縁にはいい縁と悪い縁があるでしょ。だから、いいご縁がありますように、という意味でお賽銭は115円にするのよ。」

 私の50円とユキちゃんの5円を足しても55円。2倍しても、115円に届かない。遅れてやってきたユキちゃんにそのことを伝えると、手元が滑ってビーカーを割ったときよりも、がっかりした表情だった。

 ユキちゃんと私に、いいご縁がありますように。



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