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5. アルコール分解不全症候群(その1)
この日記を書くのは非常に苦痛を伴う作業である。自分の恥を世間にさらすようなものだからである。とは言え、せっかく見に来ていただいた皆様には楽しんでもらいたいと思い、身を切るような覚悟で書き進める次第である。
僕は大学時代に酔いつぶれたことは無かった。別に強かったわけではなく、無理しなかっただけのことである。顔がすぐ赤くなる性質なので、あまり進められずに済んでいた。しかし、会社に入り、男には飲まねばならないときがあることを知った。吐くと分かっていても飲む。これも男の美学だろうか。
入社当初の歓迎会は無事に切り抜けたが、落とし穴が待っていたのは9月のことであった。会社のバレーボール部に入部したところ、いきなり合宿の幹事を任された。男女合わせて15名程度だろうか。わがままな部員のスケジュールを調節し、体育館と旅館を予約した。午前中に海老名SAに集合し、伊豆に向かった。伊豆のドライブインで昼食を取った後は体育館に行って練習だ。一番年下ということで人よりも多く練習し、かつ玉拾いももちろん担当した。人の2倍は動いたに違いない。
練習後に旅館に着いた。男女別に一つずつ大部屋を予約しておいたが、当然のごとく夜の宴会は男子の部屋で催されることとなった。ただでさえ酒が弱いところに、練習の疲れが追い討ちを掛ける。折悪しく、女子部員が酒豪ぞろいという最悪の環境が整ってしまっていた。夜の定番といえば山手線ゲーム(関西ではなんというのか?)である。僕は無駄な知識の多さには自信が有るのでこれはクリアした。しかし、事態はさらに悪い方向に進み、僕の苦手な反射神経を試されるゲームへと移っていった。
皆様はたこ八ゲームをご存知だろうか。親が1といって自分の右肩をたたくと、親の右にいる人が2といってどちらかの肩をたたく。親が左肩をたたいた場合は左の人が反応する。次は、今肩をたたいている人の両隣が反応しなければならない。これだけのたわいない遊びなのだが、間に引っ掛けが入ったりして結構盛り上がるゲームである。なかなか途切れずにずっと続いているときの緊張感は耐えられないものがあり、ひたすら誰かがミスるのを待つ。僕はこの種のゲームが苦手である。もともとの反射神経もよくなく、さらに人より酒が弱いためにますます反応速度は落ちる。このときも連続して負けていった。しかも酒豪ぞろいの部ということもあり、罰ゲームもだんだん過激化していく。最初はビールをコップ一杯だったのが、いつかそれが日本酒に変わり、コップも大型化していった。
ゲームも落ち着いてきたとき、部員の一人があることに気づいた。
「あれ、虎羽がいないぞ。」
みんな最初は余り気にしていなかったらしいが、いつまで経っても帰ってこない。もしや部屋の中のトイレで倒れているのではないか。ゲームを中断して一人が僕を呼んでくることとなった。トイレを開けてみたところ、僕の姿は無い。
「虎羽はトイレにもいません。」
ひょっとしたら廊下あたりで倒れて、他の客に恥をさらしているのかもしれない。全員ゲームを中断し、僕の捜索を開始した。とりあえず廊下に出てみるが、僕の姿は無い。バレー部部長の指示で手分けして探すこととなった。
ある女子部員が、女子用の部屋に探しに来た。ドアを開けて電気をつけてみるが、僕の姿は無い。帰ろうとする前に、彼女は尿意を覚え、トイレのドアを開けてみたところ、便器に顔を突っ込んでいる変質者を発見した。発見した彼女は思わず悲鳴を上げてしまったという。その悲鳴にびっくりしたのか、変質者も唸り声を上げたという。酔っ払っていながらも彼女は冷静だった。その唸り声には聞き覚えがあり、変質者の背中にも見覚えがあった。
「あれ、虎羽君?」
彼女は部長を呼びに行った。部長によれば、何とか歩かそうと横っ面を張ったが僕は唸り声を上げるだけで邪険にその手を払ったという。部長が僕を男子の部屋に担ぎこんだところ、ゲームが中断して緊張が途切れたのか、さらに男子2名が泥酔状態で意識を失っていたという。
僕がなぜ女子の部屋のトイレで酔いつぶれていたのかは、当社の謎として語り伝えられている。男子の部屋のトイレに誰か入っていたために、女子の部屋のトイレに緊急避難し、そのまま意識を失ったのではないか、と推測されるが、僕が部屋を出ていくところを誰も記憶していないため、それも定かではない。とりあえず女子は全員部屋に戻って自分の荷物が荒らされていないか確認したという。
それ以後、「虎羽は女子トイレでつぶれた。」という噂が社内で流れた。廊下にある公共の女子トイレではなく、女子が使用していた部屋のトイレだというむなしい釈明を何日も続けた。もう7年も前の話だが、いまだにこの件はバレー部飲み会の昔話のネタとなっており、僕は女子社員に責められている。
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