このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください


. カラオケ恐怖症(その4)
 メーカーの接待は商社にとって重要な仕事である。僕は自他ともに認める気の利かない人間なので、接待を得意としない。アルコールが入るとさらに判断能力が低下するため、注意や指導を受けることもしばしばだ。自分では以前より酒を注ぐ回数も鍋の世話をする能力も向上したと思うのだが、国内営業部隊の人間に言わせるとまるでなってないらしい。しかも気を許すと寝てしまうという始末。
 追い討ちをかけるように一次会の次に控えているのが、僕が最も苦手としているカラオケだ。これは営業に異動したてのころの話である。1996年1月、とあるメーカーを接待する機会があった。先方は課長・担当・アシスタントの3名、当社は課長・先輩・アシスタントと僕の4名の合計7名だ。最初に歌うというのは原則的に下っ端の仕事であり、当然僕が歌うこととなった。このときの選曲はV6「Music for the people」だった。ちょうどバレーボールのワールドカップが数ヶ月前に終わったときであった。歌い始めて気がついた。今日はいつもより調子が悪い。僕にとって調子のいいときはちょっと外したかな、というレベルである。したがって調子が悪いときの下手さは言語を絶する。自分でも外していると思うのでだんだん声が小さくなり、「しっかり歌え。」などの野次が飛ぶという状況に陥る。この日もそうだった。その場の雰囲気を盛り上げるのが一曲目に歌う者の務めだが、かえって沈み込んでしまった。心の中で泣きながら次の人にマイクを渡した。
 リズムを外しながらタンバリンを叩いていたのだが、そのうちバース・掛布・岡田のバックスクリーン3連発に匹敵するような事態が発生した。それは「シャボン玉」・「とんぼ」・「巡恋歌」という長渕剛3連発である。先方の課長も当社の課長、先輩も気持ちよさそうに歌っているが、雰囲気は沈んだ。なんとかして盛り上げなければならない、と思った僕は光GENJI「ガラスの十代」を選曲した。
 この歌はほとんど前奏が無く、「♪言わないで〜言わないで〜」という山本(愛称バンジー)のソロで始まる。ここは音程を外しやすいので、このときにネクタイを外して頭に巻くという作業を行い、歌わない。ちなみにネクタイを頭に巻くのは諸星(愛称かーくん)を意識しているからである。一番は普通に歌うが、聞かせどころは二番である。ここはメインのGENJI(諸星・山本・佐藤・赤坂・佐藤)とコーラスの光(大沢・内海)に分かれるのだが、この歌詞が表示されない光の部分を歌ってウケを取るというのが僕のせこい作戦だ。せっかくだからご紹介したい。

GENJI (光)
♪泣かないで (これ以上)
泣かないで (これ以上)
僕だって強かないよ (やるせない〜)
迷い子にならぬように (君のことを)
見つめているから (み〜つ〜め〜て〜)
つまずきは (気にせずに)
いつだって (気にせずに)
僕達の仕事だから (どこまでも〜)
落とした涙の色 (心の色)
忘れないで (※ここは全員一緒に歌う)

 ところが、誰もこの歌を知らないという不測の事態が発生した。一人で両方一緒に歌うのは不可能であり、僕は仕方なくGENJIのパートを普通に歌うこととなってしまった。これでは面白くも何とも無い。焦った僕は最終手段に出た。それは光GENJIの振り付けだ。ちょうど先程の歌詞の後、彼らはローラースケートを脱ぐ。したがって、踊りを真似することが出来ないわけではない(もちろんバック転は出来ないけれど。)「♪もっとそばにおいで〜」の諸星のパートから踊ってみた。悲しいほど受けなかった。頭にネクタイを巻きながら光GENJIを踊る僕の姿にはどこか悲壮感が漂っていたに違いない。悪夢のような3分間が終わった。「頑張ったね。」という温かい言葉も無く、パラパラとした拍手がよりいっそう僕の気持ちを落ち込ませた。
 あれから5年。飲めない、歌えない、気が利かないという弱点は全然矯正されずに今日に至っている。

このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください