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19. 太陽にほえろ!(その2)  

 1972年7月21日の「マカロニ刑事登場!」から1986年11月4日の「そして又、ボスと共に」まで14年間に渡って放送された刑事ドラマの金字塔、それが「太陽にほえろ!」だ。14年間という数字は、刑事ドラマでは今後おそらく塗り替えられることのない記録であろう。ちなみに「8時だヨ!全員集合」が1969年10月から1985年9月までの16年間、「ウルトラクイズ」が1977年から1992年までの16年間である。15年前後と言うのは一つの節目なのかもしれない。毎週放送という基準を設けると、これを超える番組というのは「サザエさん」と「笑点」くらいではないだろうか。「水戸黄門」も惜しいところではあるが。

 最近のテレビ事情はそれほど知らないのだが、どうも刑事ドラマが減ったような気がする。以前は「太陽にほえろ!」の他にも
「Gメン75」が有り、「西部警察」が有った。「太陽にほえろ!」終了後では「あぶない刑事」と「踊る大捜査線」と言ったところだろうか。
中でも「太陽にほえろ!」に次ぐ僕のお気に入りは
「私鉄沿線97分署」(主演:鹿賀丈史)だ。このドラマはあまり人が死なないという西部警察の対極にあるようなドラマだった。どちらかというとホームドラマに近く、例えば万引きした女子高生の話だけで1話完結した。

記憶に残っているのは、手品漫談の
マギー司郎がヤクザの事務所に殴り込みをかける犯人役という話である。事務所に入ったものの、ヤクザに取り囲まれたマギーは足が震え、包丁を持った手が震える。案の定、ヤクザに包丁を取り上げられる。しかし、マギーは慌てずに白いハンカチを取り出す。怪訝そうに見つめるヤクザ。ハンカチを手にかけて、さっと取り外したその手にはまたも包丁が握られていた。台詞も決まっていた。
「ここにも包丁があるんだよね。」
 その後数回ヤクザに包丁を取り上げられても、手品で包丁を取り出すマギー。頑張れマギー、ヤクザに負けるな。僕はテレビの前で応援した。最終的には刑事が入ってきてマギーもヤクザも両方逮捕になってしまうのだが、マギーの魅力が如何なく発揮された作品である。

 さて、マギーにスペースを割いてしまったが、「太陽にほえろ!」に話を戻す。僕が一番好きだったのはドック・ラガー・ジプシー・ボギーの4人がいたときだったのだが、年表を作成して驚いたことに、4人揃っていたのはわずか半年間だ。ジプシーは1年間、ボギーは1年半しか七曲署に所属していなかった。二人とも2〜3年は勤務していたように思っていたのだが。ラガーが「約束」でヒットを飛ばし、歌番組でチアリーダーの振付をやって笑いを取っていたのもこの頃だ。
 七曲署の刑事をグループ分けすると以下のようになる。(あくまで僕の主観。なお、ボス・山さん・警部は除く。)
熱血型ゴリさん、テキサス、ボン、スニーカー、 ラガー 、ボギー、DJ
アクション型ジーパン、ロッキー、ブルース
クール型スコッチ、ジプシー、デューク
ハンサム型殿下、マカロニ、ドック
苦労人型長さん、トシさん
その他シンコ、マミー、マイコン

 実に個性が強い面々だ。熱血型・アクション型がメインであり、彼らの対称的なキャラクターとしてクール型・ハンサム型を設置したと言う構図が見て取れる。「太陽にほえろ!」といえば若手刑事の激走だが、これも熱血型・アクション型が似合う。熱血と言う言葉が最近は流行らないのが、刑事ドラマ減少の一因だろうか。ハッカーやストーカーといった犯罪者にテキサスやボギーは向かない。
 このようなクセの強い部下を統率するボスと山さんの苦労は並々ならぬものがあったと思われる。部下の殉職(ゴリさん・殿下・マカロニ・ジーパン・テキサス・ボン・スコッチ・ロッキー・ラガー・ボギー)も相次いだ。やはり熱血型・アクション型は猪突猛進してしまうために殉職が多い。最後は山さんまで殉職してしまった。

 ボスは戦後最大のスターであり、ヒットメーカーである。亡くなったのが1987年、まだ52歳のときだった。放送終了の翌年だ。死後13年が経過した今でも2代目石原裕次郎コンテストなどが行われており、その人気は衰えない。そもそも14年間も1つのドラマの主役を演じると言うのは信じられない偉業である。
 今回本を見返してみてもやっぱり格好いい。拳銃を持ったくわえ煙草の姿が決まっている。主演映画・ヒット曲も数え切れないほど多いが、30歳前後の世代の中では、石原裕次郎と言えばやっぱり「ボス」である。






 

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