このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください


飛騨白川郷(岐阜県白川村); 結いの心が息づく合掌造り集落

− 2007.10.06(土) 晴 −

 4ケ月遅れで妻が還暦を迎えようとしている。その記念といっては何だが飛騨白川郷に世界文化遺産の萩町合掌造り集落を見に行ってきた。
天生峠 国道360号(標高1290m)天生峠道路竣功碑(昭和31年10月)
 4時40分、当然日の出前だ。星空が今日の晴天を約束してくれているようだ。松本ICを降り国道158号を走り出して間もなく朝霧も晴れ日の出を迎えた。
天生峠口にある“ます園文助”国重文 和田家
 相変わらず上高地に行く観光客の車で道路は混んでいる。長い平湯トンネルを抜けると飛騨だ。高山に折れる道を左に見て白川郷へと先を急ぐ。
信州と同じ稲のはぜ架け和田家の先に見える萩町城跡展望公園
 道の駅“アルプ飛騨古川”で朝食をとる。白川郷へは、一旦戻って平地を走る国道156号を行くと約2時間、このまま国道41号を走り天生峠越えの国道360号を走ると約90分。
 天生峠は泉鏡花(1873-1939)の理想の女は魔の峠で出会うという“高野聖;こうやひじり”の小説の舞台になった場所だ。(偶然にも今日の朝日新聞“愛の旅人”に掲載)
神田家(裏)神田家(表)
 “高野聖”は、峠道を男が登っていく物語で“嬢様”と呼ばれる不思議な女がいて旅の男を誘惑したあげく馬や猿やヒキガエルの姿に変えてしまうというものだ。(朝日新聞記事より)
長瀬家の内部を見学
 1時間30分の大型車通行禁止の細い山道、すれ違ったのは3台だけ。不気味な天生峠(あもう;標高1290m)を下るとそこは近年まで陸の孤島と呼ばれていた飛騨白川郷であった。
合掌造りの並び県重文 明善寺庫裡
 白川郷に着いたのは9時10分、4時間弱の道のりであった。萩町合掌造り集落がある入口駐車場に車を置き世界文化遺産を見て回った。
 写真で見た古い記憶と随分違う。素朴さが消え観光地と化したからであろう。わずかに青空がのぞく曇り空、撮影には良いかもしれないが物足りない。
 最大級の5階建て合掌造りの長瀬家( Click )を見学した。250年続く旧家で初代から三代目当主までが医者、特に三代目は加賀藩の藩医、1階から祝祭道具・医療具、2階はそのまま、3階は生活用具、4階は山仕事農器具等が展示、5階は立入禁止。
 庄川に架かる“であい橋”を中間地点まで渡ったところで引き返した。家に戻り案内地図を見ると“県重文9棟、合掌造り民家園”があり見ておくべきだったと後悔する。
同じように見えても皆違う明善寺周辺の合掌造り
 村内の合掌造り集落を1時間40分ほど見て回った。北の方角の高台に展望台があるのを見つけ行ってみることにした。萩町城跡公園という場所だ。
世界文化遺産“萩町合掌造り集落”を萩町城跡展望公園より一望する 拡大写真( クリック
 萩町城跡公園展望台から合掌造り集落が一望できた。雪深い冬季に撮ると不要な物が雪で埋まり素朴な風景写真が撮れるであろう。
ウラギンシジミ 白川村アオスジアゲハ 富山市
 11時20分に白川郷を後にした。東海北陸自動車道の白川郷ICから北陸自動車道富山ICまで高速を使う。富山港に行き展望台に登ってみた。
 海沿いの国道415号を走り滑川から県道に入り魚津で国道8号に合流した。ここで遅い昼食、海の幸と思っていたがそのような店もなく石焼ビビンバということになった。
 今春の結婚記念ドライブの時に寄った道の駅“親不知ビアパーク”で海の幸を土産に買い糸魚川から白馬経由で18時10分に帰宅した。13時間半、総行程470kmのドライブであった。

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