このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

芭蕉の句碑


古の阿多利眼爾見由類毛の皆涼し

かすみがうら市下稲吉の旧水戸街道沿いに香取神社がある。


香取神社の鳥居


参道の杉並木


香取神社社殿


祭神は経津主命。

社殿の手前右手の先に芭蕉の句碑があった。


古の阿多利眼爾見由類毛の皆涼し

出典は 『風俗文選』

『笈日記』 には「目に見ゆるものは」とある。

 貞亨5年(1688年)6月8日、『笈の小文』の旅の帰路、岐阜の油商賀島善右衛門の別邸に招かれた際に詠まれた句。

明治7年(1874年)、良可建立。叟欣書。

   明治七甲戌のとし
いしふみを営補助の多以可中に
師庵へ隣類の親身をもて我耳
出よとせかるゝに任せ各爾
代里天筆をとる毛の盤 叟欣

 お那し野耳浅し
    婦可しや風の雪
               良可

良可は角来村の関利三郎。

明治11年(1878年)9月23日、歿。行年61歳。

叟欣は良可の門人。

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