このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

芭蕉の句碑


酔うて寝ん撫子咲ける石の上

勝山市元町に国泰寺という寺がある。


鐘楼門


黄檗宗 の寺である。

鐘楼門を入ると右手に「なでしこ塚」があった。


酔うて寝ん撫子咲ける石の上

出典は「真蹟短冊」。

『あつめ句』 にある。

貞亨4年(1687年)夏の句。

先此塚の草創は寛政十一年乃春城主小笠原孤松臺君廼尊名を蒙り松村巴文か俳信より建築なりしを明治廿八年の四月勝山下以祝融農災に御塚も破壊及ひし越歎きて三社合信し再築調ひし歓喜乃趣旨乎後の亀鑑に銘したりしもの也

 安永2年(1773年)、松村巴文は 五竹庵 帰童仙から宗匠としての文台を受ける。

 寛政11年(1799年)、巴文は「なでしこ塚」を伯立院に建立。

 安政3年(1856年)、比良野帰雲坊は勝山美濃派の宗匠となる。

 明治29年(1896年)4月、越前勝山町の大火で「なでしこ塚」破壊。

 明治31年(1898年)5月22日、帰雲坊は「なでしこ塚」を国泰寺に再建。

 明治36年(1903年)、帰雲坊は84歳で没。

左手後ろに比良野帰雲坊の句碑があった。


明残る星の光りや秋の空   八十叟帰雲坊

巴文は本名松村甚七。通称板屋甚七。

帰雲坊は龍谷村の比良野八郎右衛門、名は正照。前号此閑。

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