このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

芭蕉の句碑


其まゝよ月もたのまし伊吹山

大垣市竹島町の旧街道沿いに竹島会館がある。


竹島会館は美濃路大垣宿本陣跡。

大垣宿本陣跡

 本陣は、宿場のほぼ中央に位置し、大名や宮家・公家・幕府役人などの貴人が利用した休泊施設である。

 大垣宿本陣は、永禄の頃沼波玄古秀実が竹島町を開き、はじめて本陣を創立したと伝えられる。以後、本陣役は宝暦5年(1755年)には玉屋岡田藤兵衛が勤め、天保14年(1843年)には飯沼定九郎が 問屋 を兼ねて勤めた。

竹島会館前に芭蕉の句碑があった。


其まゝよ月もたのまし伊吹山

出典は 『後の旅』 (如行編) 。

元禄2年(1689年) 8月21日、芭蕉は『奥の細道』の旅で大垣に到着。

大垣藩士高岡斜嶺亭で詠まれた句。斜嶺37歳の時である。

『笈日記』 (支考編)には「其まゝに」とある。

JR東海道本線大垣駅の通路から窓越しに見た伊吹山



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