このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

私の旅日記2009年

妙見寺〜芭蕉の句碑〜
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高崎市引間町に妙見寺という寺がある。


妙見寺の門前に土屋秀穂の句碑があった。


いつまでも見えて白鳥帰りけり

平成18年(2006年)7月、建立。

昭和3年(1928年)、土屋秀穂は群馬に生まれる。

高崎在住、句誌『坂』を主宰しているそうだ。

三鈷山妙見寺


曹洞宗 の寺である。

 和銅7年(714年)、上野国大掾(たいじょう)忠明が妙見寺で目が赤く首の白い亀を得、元正天皇に献上。天皇はこれを喜び、同年9月2日をもって霊亀と改元したという。

 永平5年(935年)、 平将門 は妙見大菩薩に戦捷祈願したという。

妙見寺本堂の左手に妙見社がある。


妙見社の左手に芭蕉の句碑があった。


春もやゝけしきとゝのふ月と梅

出典は 『薦獅子集』 (巴水編)。

 元禄6年(1693年)1月20日、 深川芭蕉庵 から大垣の木因に宛てた書簡にある。

寛政5年(1793年)4月8日、一の日庵金井岱路建立。

碑の右に岱路の句が刻まれている。

   わかこゝろ漂として

その日その日をしむもよそにむめの宿

金井岱路は 素輪 の門人。

妙見社本殿


天保年間(1830〜1843)、再建。

高崎市指定の重要文化財である。

境内の公孫樹がきれいに色付いていた。


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