このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

2019年の旅日記

本照寺〜高浜虚子の句碑〜
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広島市中区小町に本照寺という寺がある。

本照寺山門


日蓮宗 の寺である。

山門の右手に「東京軍事裁判インド代表判事パール博士筆慰霊碑在當山」とあった。

大亞細亞悲願之碑


 激動し変轉する歴史の流れの中に道筋につらなる幾多の人達が万魁の思いを抱いて死んでいった。しかし大地打ち込んだ悲願は消えない。

抑圧されたアジアの解放のため、その厳粛なる誓にいのち捧げた魂の上に幸あれ

ああ真理よ あなたは我が心の中にある その啓示に従って我は進む

1952年11月5日

 ラダビノード・パール

ベンガル語の慰霊詩文は、東京軍事裁判でたゞ一人真理と国際法に基づき日本の無罪を主張し原爆投下の非人道性を指摘したインド代表判事パール博士が、昭和27年の秋来広の際、斯の碑建立の趣旨に共感し半日瞑想推敲して揮毫されたものである。アジアの民族運動と戦禍にたおれた満蒙華印等動乱大陸の多くの人々の面影偲び浄石にその名記し石窟内に奉安、有志恒友相依起倚り碑を建立した。慰霊の式典をかさねること33回、昭和43年5月、恒友協力浄財を整え再建す。日文源田松三筆、英訳文エ・エム・ナイル、碑銘大亜細亜は宮島詠士先生遣墨に依る。

高浜虚子の句碑 があった。


百船に灯る春のみなと哉

 明治29年(1896年)4月、高浜虚子は 夏目漱石 の第五高等校赴任を送り、宮島に遊んだ。

第12回アジア競技大会広島1994記念俳句大会開催記念として、高濱虚子の句碑を建立する。

当地は昭和3年10月13日虚子曽遊の折句会が催され、広島ホトトギス会が結成されたところであり、句は明治29年広島で始めて虚子が詠んだものである。



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