このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

私の旅日記2008年

願念寺〜一笑塚〜
indexにもどる

本長寺 から国道157号に出ると、路地裏に願念寺があった。


木一山願念寺


真宗大谷派 の寺である。

門前に芭蕉の句碑があった。


芭蕉翁來訪地小杉一笑墓所

つかもうこけ我泣聲は秋の風

昭和42年(1967年)8月、一笑の子孫が建立。

小杉一笑

 一笑は金沢における蕉風の先駆をなした俳人。

 元禄2年(1689年)旧暦7月 『おくの細道』 で金沢入りした松尾芭蕉は、一笑が前年の霜月6日死去したことを知り、慟哭、

 22日、ここ願念寺で催された追悼会で芭蕉は

   「塚も動け我泣く声は秋の風」

と、その悲しみを詠んだ。

 この前々年(貞享4年)、近江の人尚白が撰した『孤松集』に一笑の句が194句も入集されているほか、計378句の遺作が伝えられている。

 芭蕉もその才能に最も注目していた俳人だったが、会うこともなく他界、享年36歳。

   「心から雪うつくしや西の雲」(一笑辞世の句)

 昭和62年9月6日

   一笑三百回忌に

金沢市観光協会・金沢市

一笑塚


心から雪うつくしや西の雲

昭和40年(1965年)、 山口誓子 は願念寺に「一笑塚」を訪ている。

 その願念寺が、いまは、犀川の川向うの野町三丁目に移っている。犀川大橋を渡って来た電車通が野町にさしかかる。とある町角を左へ入ると、右側に願念寺がある。

 門を入って左手に「一笑塚」があり、その石の右側に

   心から雪うつくしや西の雲

という一笑の辞世が刻まれている。

『句碑をたずねて』 (奥の細道)

   一笑 追善

玉よばふ墓のかざしや竹の露
   曽良


犀川大橋 へ。

私の旅日記2008年 〜に戻る



このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください