このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください
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中山道
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八幡宿
佐久市八幡は旧中仙道の24番目の宿場町。
元禄4年(1691年)10月9日、森川許六は彦根藩中屋敷を出て彦根藩に帰る。12日、八幡宿に泊まる。
けふは、終日浅間のけぶりを見る。
地獄にも同じ雪ふる浅間かな
焼石とおもへば重し笠の雪
暮かゝるに、八幡 といふやどりに伏ぬ。
『五老文集』
天明2年(1782年)4月14日、五味可都里は八幡の駅の油屋に泊まっている。
永久保峠より雨ふり、芦田を過、名にしあふ望月の駅に至比は、雨いたく降蓑を遠し衣をぬらしければ、茶店に入て酒をくむ。
望月や駒を向かへんなつの旅
それより八幡の駅に午の刻の比着。油屋にとまる。
『諏訪道之記』
享和2年(1802年)4月3日、太田南畝は望月宿から八幡宿へ。
八幡の駅にいれば雨すこしはれたり。駅舎の左に辻堂あり。青柳の糸たれたる色ことによし。往還小伝馬御用といへる札かけし家あり。左に八幡宮あり。これによりて八幡といふなるべし。
『壬戌紀行』
天保14年(1843年)には、本陣1軒、脇本陣4軒、旅籠3軒、問屋2軒があったそうだ。
中山道八幡宿本陣跡
文久元年(1861年)11月7日、
皇女和宮
が八幡宿に宿泊している。
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