このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください
芭蕉の句碑
『奥の細道』
鮎の子のしら魚送る別哉
足立市場入口
から旧日光街道に入り、千住宿歴史プチテラスへ。
千住宿歴史プチテラスの前に芭蕉の句碑があった。
鮎の子のしら魚送る別哉
出典は
『續猿蓑』
(沾圃編)。
『奥の細道』の
「行く春や鳥啼き魚の目は泪」
と同じ時期に詠まれた句で、芭蕉と曾良を白魚に、千住まで見送りに来た門弟達を鮎に見立てたものらしい。
此句、松嶋旅立の比、送りける人に云出侍れども、位あしく、仕かへ侍ると、直に聞えし句也。
「赤草子草稿」
留別
鮎の子のしら魚送る別れ哉
一書に云、奥の細道を思ひ立ちたる留別にして、身を白魚の老に比し、人々を鮎の若きにたとふ。時に年四十六、元禄二年の事也。
『芭蕉翁句解参考』
(月院社何丸)
『
俳諧
一葉集』
には「
常陸下向に江戸を出る時、送りの人に
」と前書きがある。
2003年5月14日、句碑建立。
芭蕉の句碑
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