このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください
『奥の細道』
〜千住〜
大橋公園
から足立市場入口へ。
千住宿奥の細道
この道が江戸時代からある「日光道中」です。
1689年5月16日、芭蕉が弟子たちに別れを告げ「奥の細道」へと旅立ちをしたのが、ここ千住からでした。
日光道中 千住宿 この道の両側がやっちゃ場跡
江戸時代、幕府御用市場となり、江戸八百八町の台所を支えた。現在は此処に場所を移して、東京都中央卸売市場となる。
日光道中千住宿
芭蕉像があった。
明和6年(1769年)4月5日、蝶羅は奥羽行脚に旅立つにあたり千住で句を詠んでいる。
霊巌島の酒肆より千住 へ乗船の折から、半途
にして雨ふりければ、
よきつれや濡ても夏の旅ごろも
蝶羅
朝雨に笠脱なつの旅路かな
嵐亭
『松のわらひ』
与野の俳人
鈴木荘丹
は
大島蓼太
がみちのくに旅立つのを船で千住まで送った。
蓼師と周竹叟ミちのくの行を千住に送る舟中吟
夏川やはなれぬ鴛の船二艘
『能静草』
千住宿歴史プチテラス
へ。
『奥の細道』
に戻る
このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください