このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

下郷蝶羅



『松のわらひ』(蝶羅編)

 明和6年(1769年)4月5日、蝶羅は或時庵嵐亭と共に江戸を発し、22日仙台に至る。石巻から平泉を巡り、5月3日仙台に帰る。7日、仙台を立ち 象潟 に向う。 『合歓のいひき』

   奥羽旅行序

ひとつ脱てうしろに負ぬ とありしむかしも、おなじ思ひに股引に草鞋の緒をしめ、奥羽の千里を遠しとせず、行春に摺ちがひ東都に来て、が柴扉をたゝくは誰。是鳴海潟なる蝶羅子なり。されば、千代倉氏が風雅、代々をかさねたり。其先寂照軒 知足 芭蕉翁を師として、志浅からざりしより、孝子蝶羽・鉄叟続て此道を嗜ミ、今又蝶羅子が風流俗中に在て俗ならず。相したしむ事の久しければ、いふもをこがまし。こゝに我友或時菴嵐子、多年の本意を遂んと、頭陀の塵払ふ折から、旅ハ道連の幸なり。先 白河の関 には、能因の佳名をとゞめしより、いかばかりか有ぬらん。道急ぐ人々も爰に到て笠をぬぎ杖をすてゝ目さむる心地するとかや。ゆふべゆふべハ枕かす好士少からず。誹談に月を落し鐘を聞、それさへあるに、仙府の知音ねんごろにもてなされて、他郷のおもひにはあらざりけらし。松嶋の八の景にハ二条家の御詠とやらん、唐うたは建長禅寺の霊岩和尚と承る。猶前太守の集め置せ給ひしも侍りとかや。猶そこかしこいはれある隅々を吟行して、はからざる俳士とともに、探題歌仙の交も、たのもしきわざならん。 象潟 のものふりたるに、合歓は莟をかゝへ、雨ふくむ姿も此時にこそとゆかし。既江府に帰られし日記をひらきて、好風地を縮るかとたハぶれけれハ、いさゝか端書せよといはるゝに、何とか書んとあやぶミながら、取あへず松の笑・合歓の鼾と、上下にわかつべきかとといふ。比は明和六丑の水無月の事にぞありける。

東武根岸隠士 蓼太

 奥羽行脚留 或時菴嵐亭 千代倉蝶羅

 東都留別 明和六年己丑四月五日

着て見れば内に居られぬ袷かな
   蝶羅



   霊巌島の酒肆より 千住 へ乗船の折から、半途
   にして雨ふりければ、

よきつれや濡ても夏の旅ごろも
   蝶羅

朝雨に笠脱なつの旅路かな
   嵐亭

    草加 といふ宿にて

泊れとて散らすや藤は夏ながら
   蝶羅

   杉戸の宿にやどりて

見所もなくて尊し杉の花
   仝

名にしおふ杉戸のやどの青あらし
   嵐亭

    栗橋 のわたしにて

音にきく坂東太郎ほとゝぎす
   蝶羅

   古河の駅中に昼笥をほどき、此ほとり枕香の
   古河のわたりときこえ侍りて

   みじか夜や枕香ならば一やすミ
   蝶羅

   枕香に風もかほるやかし座敷
   嵐亭

    室八嶋 奉納

神さびて麦の穂波の八しまかな
   仝

森々とわか葉もけぶる宮居哉
   蝶羅

   卯月七日、 鹿沼 籟干亭にやどりて

立よれば麻のそだちぞたのもしき
   仝



   卯月十日青天 日光山 奉納

仰ぐべし扇を幣に日の光り
   嵐亭

夏山や梢も玉の下しずく
   蝶羅

    寂光寺  おくに瀧あり

白滝や水鶏のたゝく釘の音
   嵐亭

したゞりや瀧へ打込釘の音
   蝶羅

    大日堂

池の面に夏花の外ハ塵もなし
   仝

    がんまんが渕

ありありと梵字のかげやなめくじり
   仝

    中禅寺  歌の浜といへる湖水有

岩が根や登れば法の苔清水
   嵐亭

風薫るこもり人床し歌の浜
   蝶羅

   弁慶桜盛りなれば

手折るゝ雲の峯あり児桜
   仝

夏やまの誓ひにもれぬ花の雪
   嵐亭

   けごん瀧

かハせミも身をひそめたる瀧見哉
   蝶羅

    裏見瀧

底清水しれぬうらミや山かつら
   嵐亭

瀧見よと這行葛のわかばかな
   蝶羅



    那須野 にて雨降ければ

篠はらや夕立たバしる丸合羽
   蝶羅

   一日温泉に浴て

旅痩も一夜浴れば夏木立
   仝

夏山にゆかたながらの旅寝哉
   嵐亭



    殺生石

君が代や石はくだけて苔の花
   蝶羅

   卯月十六日朝霧ふかく 白川の関 こゆるとて、
   はじめて杜宇を聞侍りて

白川のほの明越えにほとゝぎす
   嵐亭

越てきけはじめておくの郭公
   蝶羅

   浅香の里にやどりしに、此所の好士 露秀 とい
   へるより茶菓子など贈りて、誹談時をうつす

浅香とは沼にこそあれ深見草
   蝶羅

此清水汲とあるじの道しるべ
   嵐亭

   松嶋吟行の序なりとて嵐蝶二風子に訪れて
  郡山
かゝる夜を二度にわけたし時鳥
    露秀

   此ほとり都で 浅香の沼 といへるよし

苗しろもかつミもいまだ浅香なる
   蝶羅

    安達が原 黒塚

黒鴨もこもるか塚のそのあたり
   蝶羅

黒塚や枳殻の角ハ花の時
   仝

鬼百合は剛力どもが詠めかな
   嵐亭



   卯月廿日晴天福島出立。子洽・楮白・南楚し
   のぶ山 文字摺石 を案内せんと各先にすゝミて

若葉して昼の人目やしのぶ山
   嵐亭

此けしき持て何とて忍山
   蝶羅

   山口むらにて

石の背をたゝく水鶏やミだれ摺
   子洽

みじか夜を女草男草やしのぶ摺
   嵐亭

岩藤をわらびもミだれしのぶずり
   蝶羅

さわらびも草に戻りてしのぶずり
   仝

文字ずりやほたる三ツ四ツミだれぞめ
   仝

    鐙 摺

山陰や蚋にさゝれて鐙ずり
   仝

    古将堂

よろふたるかげや二人の妻あやめ
   仝

   岩沼の駅宮沢休粋子を尋て

契りをく松とは君か皃よ花
   仝

   息八弥といへる少童案内にて

目を覺す二木の松や青あらし
   嵐亭

一木づゝ松かぜかほれ二人連
   蝶羅

    笠島 に詣て

笠嶋やいたゞく笠も卯月照
   仝

若竹をまだらにそゝぐなミだかな
   嵐亭

   中将の古墳を尋て

古塚や歌の手にはに苔の花
   嵐亭

記念とは何を藪蚊の声ばかり
   蝶羅

   卯月廿二日仙台に入て

何ひとつ魂消ぬはなし牡丹の府
   仝

   翌日嘉定庵の社中にいざなハれ
    木の下薬師 宮城野を

堂庭も木の下闇の古びかな
   仝

もとあらに荒ても露のわかばかな
   蝶羅

みやぎ野やさすがに茨の花もなし
   仝

宮城野や萩吹伸す夏の風
   野月

ミやぎ野やほたるも恋の鳴音より
   東扇

    十苻菅

三苻に寝た情のはしや菅の守リ
   蝶羅

我笠を見てさへ嬉し十苻の菅
   野月

民草をまねけバ凉し十苻の菅
   東明

    壺 碑

いしぶミや夜ハ水鶏のたゝく音
   嵐亭

碑に橘の香はなかりけり
   蝶羅

山と成田となる文字に苔の花
   東明

鷺草やいしぶミ守る五位六位
   野月

    末の松山

松山に浪こす音歟青あらし
   蝶羅

松やまに麥の穂波のそよぎかな
   嵐亭

実末の松吹おろす青すだれ
   野月

    沖の石

かほよ花ちどりに見えつ沖の石
   嵐亭

夏藤のたもともぬれつ沖の石
   東明

袂にも沖の石あり汗ぬぐひ
   蝶羅

    玉 川

ゆふぐれや捜せバ野田に千鳥の巣
   仝

ほとゝぎす一こゑ野田のちどりとも
   野月

    塩竈 夜泊

しほがまや蚊やりも千賀のうら伝ひ
   嵐亭
  塩釜
 舟路わすれず青あらし敷
   魚行

しだり尾の熨斗とこたへて娵見せて
   蝶羅

 牽頭もつほど客ハ静まる
   東明

一間には數珠の露ちる朝の月
   野月

 升掻いはふ豊年の秋
   筆

塩がまの桜や千賀のうらわかば
   蝶羅

   藤塚氏金牛子が棲霞樓に登りて

透る小嶋や千賀のうすごろも
   仝

    松 嶋

巻上て誰もつ島の青すだれ
   嵐亭

松しまやうぐひすも音を入かねし
   蝶羅



    石の巻 といふ湊にて

舟板にかたつぶりさへ石の巻
   蝶羅

   高清水へ出るとて

細道や一里も近し明安し
   仝

   南部海道金成といふ駅中に馬市ありて
   いと賑々しけれバ

馬市にたつ蚊ばしらや昼日中
   仝

   此日終日南部馬数千疋牽つれて道路騒々
   しけれバ

牽つれて蟻の歩ミや南部馬
   蝶羅

   山の目といへるに旅寝して社中の訪ひ
   給へる対して

山の目や茂ミも深き一かまへ
   嵐亭

山の目や情こぼれて櫻の実
   蝶羅



   平泉の茶店にて

掘出してかざれやあやめの太刀兜
   蝶羅

    高 館

草摺の昔はむかしぞ青あらし
   嵐亭

只今唯山と河のミかんこ鳥
   蝶羅

    中尊寺  光堂

雨の日やほたる飛かふひかり堂
   仝

ありがたや若葉のなかにひかり堂
   嵐亭

    達谷窟毘沙門 安置

岩ひばを鎧て立り多聞天
   蝶羅

岩ふじハ鉾のしるしや多聞天
   嵐亭

   旧跡を尋られて

高館の代には庭なり瓜の花
   笋之

 太刀は菖蒲にかほる夜すがら
   蝶羅

   皐月朔日終日雨天 磐手山 を余所に見て

さつきとハいはでもしれで晴間なし
   仝

   あねはの松

粽結へあねハの松も妹も
   蝶羅

   古川といふ驛に 緒だへの橋 あり折ふしさミ
   だれにて戎歌

さミだれのふる川なればわらんぢの

 緒だへのはしハこれでござるか
   仝

   五月三日仙臺へ帰東明亭逗留、翌日東扇亭
   歌仙

麻の葉の建並らべたる幟かな
   蝶羅

 破れをかくしてあやめふく軒
   東扇

盃のくるくるまハる車座に
   嵐亭

 元服すればよい男なり
   金馬



   東扇・東明の二子の厚き情にしバらく旅情を
   わすれ今ハた蚶潟へ杖を引とて

みじか夜や營華の夢の明はなれ
   蝶羅

   名 録

咲倦て花で捨たる椿かな
    丈芝
  酒田
繰舟の野中に淋しぎやうぎゃうし
   百和

   五原春色
  大沼
桜ちる京のたよりを巨(炬)燵哉
   鸞窓

下郷蝶羅 に戻る



このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください