このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

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上諏訪温泉「ぬのはん」

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 上諏訪温泉 「ぬのはん」 はアララギ派歌人の常宿として、島木赤彦を始め、斉藤茂吉 など多くの歌人の歌会の場になった。

上諏訪温泉「ぬのはん」


 もちろんアララギ派の歌人ばかりではなく、 島崎藤村太宰治 なども「ぬのはん」に宿泊している。

昭和6年(1931年)、島崎藤村が「布半」に宿泊して手紙を書いている。

 土屋君

いろいろお世話様でした。今回の旅は短くはありましたが実に楽しく忘れ難く思ひます。馬場裏に懐古園に中棚にあるひは昔お互ひの学窓であった跡にすべてが旅の身にしみました。

眺めて来ました。諏訪より帰京の途次車窓より望む駒ヶ岳も実に驚くばかりの眺めでした。諏訪湖畔では一日休息して来ましたが布半といふ古風な旅館も気に入りました。

御礼までにこの手紙を書きます。記念揮毫のことについては何かと御面倒をかくることと存じますが小林・林二君とも御相談下されよろしく御願ひ申上ます。

五月二十三日                                                藤生

 島崎藤村が『夜明け前』の創作旅行のあと歌人土屋総蔵へあてた礼状の全文。土屋総蔵は小諸塾の教え子。

手紙は小諸の 藤村記念館 にあるそうだ。

昭和14年(1939年)、太宰治は「布半」で『八十八夜』を執筆した。

 八十八夜のころ信州に二泊の旅に出た。太宰は八十八夜、七夕、小正月などの昔からの行事に郷愁をもっていた。

 上諏訪に下車して、一番よい宿に案内するように頼んだタクシーが横付けされたのは、布半という高級旅館で、湖を見下ろす二階のよい座敷に通された。「布半楼上に開く」と長塚節の諏訪歌会の歌の詞書に出ていることを思い出して、私は心中で懐かしんだ。

津島美知子『回想の太宰治』


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