このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

私の旅日記

眼鏡橋〜下村ひろしの句碑〜
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長崎の眼鏡橋は有名なので、行ってみることにした。

袋橋から写真を撮る


眼鏡橋

栄町—諏訪町 国指定重要文化財

 中島川の第10橋。わが国最古の石造アーチ橋で、寛永11年(1634年)興福寺唐僧黙子禅師によって架設された。

 黙子禅師は中国江西省建昌府建昌県の人で、寛永9年(1632年)に日本に渡来したが、石橋を架ける技術指導者でもあったようである。しかし、この眼鏡橋は、正保4年(1647年)6月の洪水で損害を受け、慶安元年(1648年)平戸好夢によって修復がなされた。川面に映るその姿から、古来より”めがね橋”の名で長崎の人たちに親しまれていたが、明治15年(1882年)に正式に眼鏡橋と命名された。

眼鏡橋を拡大する


下村ひろしの句碑があった。


風花や錦絵めきて眼鏡橋

西坂公園 に水原秋桜子と下村ひろしの師弟句碑がある。

 長崎県俳句協会 「原爆句碑」 には下村ひろし「凍焦土種火のごとく家灯る」の句が刻まれている。

  諏訪神社 には「龍踊や社頭の秋日捲き込んで」の句碑があったようだが、気付かなかった。

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