このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください
昔の温泉
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群 馬
万座温泉「豊国館」
白根火山ゴンドラ山麓駅
から弓池へ。
弓池
まだ蝦夷竜胆
(えぞりんどう)
が咲いていた。
弓池から万座温泉へ。
原始以來斧鉞を入れざる處女林に抱擁され紫外線強く高山療養地──温泉療養地として日本に於ける唯一の權威地であるのであります。
『万座温泉俳句集』
今日は「豊国館」のお風呂に入ることにする。
万座温泉
「豊国館」
(HP)は昭和2年創業。
万座温泉は群馬県にあるが、それでも信州秘湯会会員の宿である。
日帰り入浴は500円。
「豊国館」内湯
源泉名は豊国館苦湯。
泉質は酸性・含硫黄−ナトリウム−硫酸塩温泉(硫化水素型)(酸性低張性高温泉)。pH2.04。泉温は75.8℃。
大露天風呂は混浴。
湧出量は測定不能ということだが、広くて深い浴槽である。それだけ湯量が豊富なのだ。
女性がバスタオルを巻いて入っていた。
女性専用ひのきの露天風呂もある。
「豊国館」の前に句碑があった。
時鳥鳴くよ招くよ湯の万座 六山人
水野六山人は本名豊。「豊国館」の先代の主人で、五色温泉
「五色の湯旅館」
の主人水野竹山の父親である。
大正10年(1921年)10月、長谷川零余子は俳誌「枯野」を創刊。
大正15年(1926年)8月、浅間山麓吾妻高原に林間俳句學校を建設。
昭和3年(1928年)7月27日、零余子は亡くなる。享年42歳。
10月、「枯野」を「ぬかご」と改題し、経営は水野六山人に移る。
昭和4年(1929年)7月、林間俳句學校を万座温泉に移校。
昭和9年(1934年)、『万座温泉俳句集』刊。
「いい湯だな」のオリジナル(1966年)はデュークエイセス「にほんのうた」シリーズの群馬県の歌。「
湯気にかすんだ白い人影 あの娘かな あの娘かな
」は「万座の湯」。
2年後ザ・ドリフターズがカバーした時に、「白浜の湯」になってしまった。
「おざわひとしの温泉のことをもっと知ろう」
により、加筆訂正。
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