このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

私の旅日記2009年

蔵王 〜御釜〜
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不動滝 から県道12号白石上山線(蔵王エコーライン)で蔵王へ。


蔵王ハイラインは渋滞。

この夏初めての晴天だから、仕方がない。

今日は御釜が見える。


青空でないのは残念だが、贅沢は言えない。

今日は熊野岳に登ってみよう。


この辺りは人もまばら。

深山秋の麒麟草(みやまあきのきりんそう)…キク科。


振り返ると、刈田岳。


御釜を見下ろす。


明治39年(1906年)11月2日、河東碧梧桐は蔵王に登った。

 絶頂を後ろに直下すると、噴火口の大穴が見える。穴の側を辿るように道の跡がある。真向いの風を肩できって、一生懸命に駈ける。突然あれを見ろと若者が声を掛けた。十尋もあろうと思われる穴の底に真青に輝くものがある。火口の沼であると気づく。


白花唐打草(しろばなとううちそう)…バラ科。


熊野岳山頂


標高1,840m。

蔵王国定公園最高峰である。

日本百名山 のひとつ蔵王山に登ったことになるのだろう。

熊野神社


708年、建立。

斎藤茂吉の歌碑 があった。


陸奥をふたわけざまに聳えたまふ蔵王の山の雲の中に立つ

出典は『白桃(しろもも)』。

昭和9年(1934年)8月、実弟の高橋四郎兵衛建立。

   蔵王山上歌碑

      六月四日、舎弟高橋四郎兵衛が企てのままに蔵王山上歌碑の
      一首を作りて送る

陸奥をふたわけざまに聳えたまふ蔵王の山の雲の中に立つ

『白桃』

生前唯一の歌碑である。

昭和14年(1939年)7月8日、斎藤茂吉は歌碑を見に藏王山に登る。

   歌碑行

いただきに寂しくたてる歌碑見むと藏王の山を息あへぎのぼる


      七月八日歌碑を見むと藏王山に登る同行岡本信二郎、河野
      與一、河野多麻、結城哀草果、高橋四郎兵衛の諸氏

歌碑のまへにわれは來りて時のまは言(こと)ぞ絶えたるあはれ高山や

わが歌碑のたてる藏王につひにのぼりけふの一日をながく思はむ

『寒雲』

昭和37年(1963年)、 水原秋桜子 は蔵王を訪れている。

   蔵王山

(たき)見るや落木風に鳴るほとり

   蔵王の御釜

秋澄みし空の映れる瑠璃を見よ

『晩華』

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