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織田作之助 (おだ・さくのすけ) 1913〜1947。 |
『秋深き』 (青空文庫) |
短編。肺病と診断され、静養のために温泉宿へやって来た私は、ある夫婦者と隣り合わせになる。「私あんな教養のない人と一緒になって、ほんまに不幸な女でしょう」、「ほんまにあんな女子(おなご)にかかったら、一生の損でっせ」。双方から相手の悪口を散々聞かされた私だが、案外あの二人は似合いの夫婦なのではないかと感じる…。夫婦の営みの根強さをユーモラスに描いて面白い。 →織田作之助「ひとりすまう」 |
『雨』 (青空文庫) |
短編。「私(あて)か、私はどないでもよろしおま」が口癖のお君。小学校教員の軽部に犯され、結婚した彼女は、豹一を産むが、あっさり軽部は病死してしまう。高利貸の野瀬安二郎と再婚したお君だが、けちんぼの安二郎に女中のように扱われる。少年に成長した豹一は、そんな安二郎を恨み、家を飛び出してしまうが…。 「けったいな言い方やねんなあ。嫌いやのん、それとも好きやの。どっちやの」。敵愾心と自尊心の塊で、性愛を嫌悪している豹一の不器用な恋愛ぶりが面白い。この小説の長編バージョン「青春の逆説」も必読。 |
『鬼』 (青空文庫) |
掌編。小説や脚本の執筆で忙しい毎日を送っているのに、なぜかひどく貧乏している作家・辻十吉。仕事に夢中になり過ぎて、他のことにはズボラである彼は、お金を取りに銀行へ行くのも面倒なのだ。見兼ねた友人は、彼を結婚させるのだが…。 「——そういわれてみて、気がついたが、まだ一緒に寝たことがないんだ」、 「へえ……?」。こういう種類の貧乏もあるものなのね(笑)。面白コメディー。 |
『勧善懲悪』 (青空文庫) |
短編。お抱え車夫からいきなり新聞経営を始めたり…、施灸の巡業を思いついたり…、挙句は、肺病自家薬の製造販売に乗り出したり…。人並みはずれた実行力の持ち主・川那子(かわなご)丹造の悪徳まがいのハチャメチャ成金道を、ビジネスパートナーだったおれ(古座谷)による独白形式で描いた喜劇──。威勢のいい冒頭の文句に比べ、どことなく同情的なトーンのラストとの対比が面白い。 |
『昨日・今日・明日』 (青空文庫) |
短編。「俺はいつも何々しようとした途端、必ず際どい所で故障がはいるんだ」。威張り散らす憎らしい隊長を、撲ってやろうと決心した途端に終戦を迎えた一等兵の白崎恭助と赤井新次。復員列車で一緒になり、トランクを忘れていった声楽家の女性(杉山節子)を探す白崎と、戦災孤児の女の子・ミネ子を引き取り、行方不明の妻子を探す赤井…。「ミネちゃん、おっさんの子になるか」、「なる。おっちゃん、ミネちゃんのお父ちゃんやな」。心温まる素晴らしいストーリーに感動。難波駅で出会った赤井とミネ子の会話に涙が止まらない。 |
『郷愁』 (青空文庫) |
掌編。世相をテーマに小説を書く新吉。ヒロポンを打ちながら、四十時間一睡もせずに書き上げるが…。きょとんとした眼をして、当てもなく夫を待ち続ける女…。きょとんとした眼をして、鉛のように坐っている子供…。「世相」などという言葉は、人間が人間を忘れるために作られた便利な言葉に過ぎない。なぜ人間を書こうともせずに、「世相」を書こうとしたのか。作家の苦悩と境地を描いて印象に残る。 |
『競馬』 (青空文庫) |
短編。競馬場で執拗なまでに「1」の番号の馬券ばかりを買い続ける帝大出の元中学教師・寺田。それは、癌(がん)で死んだ妻の一代(かずよ)への想いと、一代と関係のあった競馬の男への嫉妬からであった…。「抜かすな、抜かすな。逃げろ、逃げろ! ハマザクラ頑張れ!」──。癌の激痛で悶え苦しむ妻を看病する主人公の様子が凄まじい。亡妻のことを引きずる男のやる瀬なさを描いた名編。 |
『猿飛佐助』 (青空文庫) |
短編。「信州にかくれもなきアバタ男、猿飛佐助とは俺のことだ」。恋人の楓に自分のアバタ面を見られるのが辛くなり、逐電した郷士のドラ息子・鷲塚の佐助。仙人・戸沢白雲斎に忍術を学んだ佐助は、真田幸村に仕えたり、石川五右衛門と対決したり、諸国を漫遊するが、驕慢の戒めを受け、忍術を封じられてしまう…。伝説の忍者・猿飛佐助をユーモラスに描く。七五調の台詞回しが妙に可笑しい。 |
『青春の逆説 第一部・二十歳』 (青空文庫) |
長編。“自尊心”の坐りどころを探して、しょっちゅう何かに苛立ちながら生きる美少年・毛利豹一。高利貸の野瀬安二郎と再婚した母・お君が、女中のように扱われ、哀れに思うが、どうにもならない。初恋相手の紀代子や、三高の級友・赤井たちとの交流…、零細新聞社への就職など…。「よし、どうあっても自尊心の傷を回復しなければならぬ!」。傷ついた自尊心を満足させるため、不器用に内気に女性と交際する豹一の姿が滑稽で面白い。「こんなことでは駄目だぞ! よし、百数えるうちに、この女の手をいきなり掴むのだぞ」。 |
『青春の逆説 第二部・青春の逆説』 (青空文庫) |
長編。編輯長に気に入られ、「東洋新報」の見習記者になった美少年・毛利豹一。相変わらず“自尊心”の振幅が激しい豹一だが、数々の偶然が重なった末に、映画女優だったキャバレーのラウンドガール・村口多鶴子と付き合うようになる…。豹一にお金を無心する先輩記者・土門、大らかな性格の編輯長らとの交流や、お君の夫であり豹一の継父でありながら、二人に「実費」を支払わせるドケチな高利貸・安二郎との係わり、「あてはどうでもよろしおま」が口癖で、行雲流水している豹一の母・お君の愛情を通して、“自尊心”の拘泥から脱却し、成長していく豹一の姿を描いた青春小説の傑作。ユーモラスな入社試験の様子や、多鶴子の「食客」となるに至る偶然の経緯、自尊心が強い者同士の豹一と多鶴子の心理描写が流石に面白い。 |
『それでも私は行く』 (青空文庫) |
長編。 京都の色町・先斗町(ぽんとちょう)のお茶屋「桔梗屋」の息子で、美少年の三高生・梶鶴雄は、スタンダールの「赤と黒」を愛読する風変わりな女スリ・相馬弓子と出会う。ヤトナとなった姉・千枝子を苦界から救うため、スリを始めたという弓子の話を聞いた鶴雄は、倦怠した生活から脱け出すため、家を出て、家庭教師として働く決心をするが…。 「——あることはあるんだが、どうも君は家庭教師になるには美少年すぎるのが一寸心配だね」 「…………」 淫蕩の血を持つ小郷家の人々──弓子の姉・千枝子をひどい目に会わせ、美人と見れば次々と食指が移っていく実業家・小郷虎吉…、流行歌手・望月三郎と浮気をしている虎吉の妻・真紀子…、鶴雄をモノにしようと誘惑する虎吉の妹・宮子…、女中・お雪を孕ませてしまった虎吉の息子・幹男…。 「何…酔うてる…? 莫迦をいえ! 酔わなきゃ、五万、十万の金が出せない小郷だと思っとるのか。おれは小郷だぞ! 小郷虎吉だぞ!」 先斗町に生きる女の悲しい運命──鶴雄に岡惚れしている芸者・君勇と、鶴雄が想いを寄せている可憐な舞妓・鈴子…。 「坊ン坊ンは鈴子はんが好きなのや、だから自分はこうして、鈴子はんの身代りに……」 つねにサイコロによって自分の行動を左右しながら、運命の刃の上を渡るような激しいスリルを求めてやまない鶴雄──そんな彼と知り合いになったデカダンス派の小説家・小田策之助(!)は、鶴雄をモデルに小説「それでも私は行く」を書き始めるが…。 「じゃ、こんどのあなたの小説は通俗小説になるんですか」 「残念だが、通俗小説だね。夕刊新聞小説は通俗小説でなくっちゃ読まれないし、だいいちこう偶然が多くっちゃね」 「すると、小郷は必らず殺されるんですね」 「まアね」 「しかし、現実に殺されないとしたら、どうします…? こんどの小説は本当にあったことしか書かないとおっしゃったでしょう?」 「そこだよ、問題は…」 終戦後の京都を舞台としたオダサク流「通俗小説」。ちょっとしたミステリー小説としても楽しめる。作中、梶鶴雄が影響を受けるスタンダールの小説「赤と黒」の主人公・ジュリアン・ソレルや、ドストエフスキーの小説「罪と罰」の主人公・ラスコリニコフにも興味が湧く。 |
『旅への誘い』 (青空文庫) |
掌編。自分の青春を犠牲にしてまで東京の学校に行かせてくれた姉・喜美子が病死した。姉の死に報いるため、南方へ日本語を教えに行く教員を志願した道子は、姉宛てに届いた青年からの手紙を読む…。思いやりと気概に満ちた女主人公の姿に感動を覚える。 →太宰治「葉桜と魔笛」 |
『聴雨』 (青空文庫) |
短編。「銀が泣いている」の名言を残した伝説の将棋棋士・坂田三吉。名人自称問題で対局から遠ざかっていた坂田だが、十六年ぶりに対局することに。六十八歳の老齢の坂田の相手は、後に名人となる花形棋士・木村義雄。坂田はなぜ一生一代の将棋で、二手目に後手9四歩という奇手を指したのか? 坂田の人柄や著者の心情を交えながら有名な南禅寺の決戦を描く。将棋ファン必読の一編。 |
『天衣無縫』 (青空文庫) |
短編。底抜けにお人好しな帝大出の会社員・軽部清正と見合い結婚した私(政子)。頼まれると嫌と言えない性格で、質入れしてまでも人にお金を貸してしまう天衣無縫すぎる軽部を折檻する私だが…。「女房の尻に敷かれる人はかえって出世するものだ、と母が言った言葉は出鱈目だろうか。それともあの人はちっとも私の尻に敷かれていないのだろうか」──。面白くて笑える女性の独白体もの。 |
『土曜夫人』 (青空文庫) |
長編。 偶然というものの可能性を追求することによって、世相を泛び上らせようという作者の試み──いわば、彼等はみんな主人公なのだ。 東京の家を飛び出して京都のキャバレーで働くダンサー・辻陽子…、連れ込み旅館「田村」のマダム・貴子と、その居候で天涯孤独な若者・京吉…、ダンサーだった亡妻のことを引きずって生きるデカダンスなカメラマン・木崎三郎…、母である貴子に反撥して家出する不良少女・チマ子…、京吉を「兄ちゃん」と呼んで慕う健気な靴磨きの孤児・カラ子…、妻・芳子を友人に寝取られてしまったヒロポン中毒のアコーディオン弾き・坂野…、どさくさ紛れに拘置所を脱走するチマ子の父・銀造…、陽子を誘惑しようと画策する没落貴族の次男坊・春隆…、陽子に結婚を拒絶された自尊心の強い実業家・木文字章三(貴子のパトロン)など…。 二十人弱の大勢の登場人物たちが、誰が主役ということなく、偶然、世相、孤独、退廃、放浪、嫉妬、自尊心といったキーワードによって、互いにかかわり合い、つながっていく人間模様を、空襲を免れた戦後間もない京都を舞台に描いていく未完の長編小説。 「兄ちゃん、あたいまた戻って来ちゃったの。あたいのことよう覚えてくれたはったなア。あたい、兄ちゃんに会いたかったえ」 「おれに……? どうして……」 「好きやもん。あたい、兄ちゃん好きえ」 親しみ深い活き活きとした文体が心地よく、場面転換が巧みで、ドラマや映画を見ているかのように自然と状景を思い浮かべながら読み進めることができるノンストップな面白さ。 陽子に恋心を抱く京吉や、陽子と木崎の関係…、殺人を犯してしまった章三とそれを目撃した謎の若い女の登場など…、今後の展開についての興味は尽きないのだが、京都から東京へ舞台が転換していくところで残念ながら未完…。ああ〜続きが読みたくて堪らない! |
『ひとりすまう』 (青空文庫) |
短編。南紀白浜の温泉宿で療養している肺病のぼく(二十一歳の青年)は、夜更けの海岸で年上の美しい女・明日子と出会い、心惹かれる。亡夫の同郷の男・轡川に暴力で辱められ、その後関係を続けたが、轡川と別れ話をするために、白浜へ来たという彼女に同情を覚える。しかし、轡川の言い分では、明日子の方から誘惑してきたのだというが…。明日子は浮気女なのか? それとも轡川が策略家なのか? 男女関係の渦中に巻き込まれ、あれこれ思い悩む青年の姿を描いて面白い。“筆者(わたくし)”による“謎解き”も面白い。 |
『放浪』 (青空文庫) |
短編。父の死後、仕出し屋をしている叔母夫婦に引き取られた順平。叔母の娘・美津子と結婚した彼だが、彼女に拒まれてしまい、兄・文吉の自殺というショックもあり、叔母の家を飛び出してしまう…。主人公が辿るどん底・放浪生活を描いて身につまされるものがある。養子に貰われた家でこき使われていた文吉が自殺を遂げる件の描写が秀逸で、涙が出る。淡々とした描写が効果的で、印象に残る。 |
『蛍』 (青空文庫) |
短編。赤児の泣声ほどまじりけのない真剣なものはない──。京都・伏見の船宿・寺田屋に嫁いだ登勢(とせ)だが、夫の伊助は極度の潔癖症で、家の掃除ばかりしており、登勢を嫌う姑のお定は中風で寝たきりに…。「寺田屋騒動」で有名な寺田屋を舞台に、逞しく生きる女主人公の半生を描いた時代小説。坂本龍馬とお良(お龍)も登場。寺田屋を切り回す登勢の苦労話は「夫婦善哉」を彷彿。 |
『見世物』 (四国の山なみ) |
掌編。首をするするとのばして、行灯の油を舐める気味の悪い女が大阪の女郎屋にいると聞いた敦賀の百姓・吉兵衛。一儲けできると考えた吉兵衛は、田舎を引き払い、大阪まで女に会いに行くが…。落語の人情話のような、可笑しみの中に救いがあって素晴らしい。 |
『道なき道』 (青空文庫) |
掌編。「さア寿子(ひさこ)、稽古だ!」。娘の寿子を日本一のヴァイオリン弾きに仕込むため、厳しい稽古を繰り返す偏屈な父親・庄之助。自らの「津路式教授法」を不当に扱ってきた世間への恨み…。極貧生活を送る中、音楽コンクールで寿子は圧倒的第一位になるが…。娘に対して苛め抜くより外に愛情の注ぎようがない男のエゴと、そんな男を親に持ってしまった少女の不幸を滑稽の中に描く。 |
『夫婦善哉(めおとぜんざい)』 (青空文庫) |
短編。年中、借金取りが出入りする貧しいてんぷら屋で生まれ育った芸者・蝶子。化粧品問屋のボンボンで妻子持ちの柳吉と駆け落ちし、所帯を持った蝶子だが、柳吉は甲斐性なしのダメ人間だった。ヤトナ(臨時雇の仲居)で稼いだ金で商売(剃刀屋や関東煮屋など)を始めても、柳吉の放蕩のせいで、結局うまくいかない…。 勘当された実家への未練をタラタラ残す柳吉の根性と、柳吉の父親に認めてもらいたい蝶子の意地…。大阪を舞台に、めげない蝶子の苦労話のオンパレード。一途に惚れ込んだ男のために、苦労をいとわない勝気な女主人公のバイタリティーに感服。作者特有のテンポある文体が快い。名作。 「こ、こ、ここの善哉(ぜんざい)はなんで、二、二、二杯ずつ持って来よるか知ってるか」 「一人より女夫(めおと)の方がええいうことでっしゃろ」 |
『夜光虫』 (青空文庫) |
長編。 偶然というものは続きだすときりがない。偶然のない人生ほどつまらないものはない──。 外地から復員して、故郷の大阪に帰って来た小沢十吉は、全裸でいきなり飛び出して来て、助けを求めて来た若い娘・雪子を保護する。 「一体どうしてあんな格好で飛び出したの」 「それだけは、きかんといて…」。 駅に預けておいた荷物を盗まれてしまった小沢は、雪子に着せる着物を借りるため、三年振りに友人・伊部の家を訪れるが…。 「…敗戦になってから、急に酒を飲みだしたんです。すっかり人間が変わってしまいましたわ。小沢さん、お願いです。──兄さんに忠告して下さい」。 一方、仲間たちと掏摸(すり)を働いている「青蛇団」の不良青年・豹吉。破天荒なことをしてみたいという単純な動機から、見知らぬ男を川へ突き落とし、殺してしまう。 「…雪子の面影を抱いて、死のう。おれは、今朝、人を殺したのだ。その罪のつぐないに、死のう!」。 恋慕する雪子のことを心配する豹吉だが、対立する「隼団」の連中に取り囲まれてしまう…。 「君たちは敗戦につきものの混乱と頽廃の園に咲いた悪の華だ。悪の華は夜光虫に憧れる。が、向日葵(ひまわり)は太陽の光線に向かって伸びて行くのだ。夜光虫の光に憧れた君たちこそ、一層太陽の光に憧れなければならぬ筈だ」。 雪子に関するミステリー的な興味(全裸で飛び出して来た理由と、毎日同じ時間に喫茶店に現われる理由)と、「偶然の面白さ」によって、関係がつながっていく多彩な登場人物たち(小沢を慕う伊部の妹・道子や、豹吉に恋い焦れる掏摸仲間のお加代、病気の母親のために靴磨きをしている兄弟・次郎と三郎など、そして奇怪な刺青の男…)。 終戦後間もない大阪を舞台に、掏摸(すり)団の若者たちの心の汚れと甦生(そせい)を鮮やかに描いた秀作。「偶然」が織り成すストーリー展開、偶然が偶然を呼ぶ「偶然一代男」の活躍が素晴らしく面白い。 |
『妖婦』 (青空文庫) |
掌編。神田の畳屋「相模屋」の末娘の安子は、器量よしだが、気位が高く、早熟で、騒動を起こす度に、父親に怒られ、家の二階に監禁されてしまう始末…。そんな安子が十八歳で芸者になるまでの“おきゃん”すぎるエピソードの数々を小気味よく描いて面白い。 |
『四つの都』 (青空文庫) |
短編。戯曲。帰還した青年軍医・中瀬古庄造は、父親の勧めで見合いをすることに。その前に、戦死した友人の妹のことを心配し訪ねる…。徴用で息子の新吉を工場へ働きに出すレコード店の矢野鶴三…、南方へ日本語を教えに行く決心をする教師・尾形清子…。登場人物たちの人生の決断を描いて感動的。「僕は一生に一度しか見合いしない主義でして、で早速ですが、僕は及第ですか、落第ですか」、「はあ、あの、私…」。庄造の見合い相手が誰かの興味や、ホームシックで何度も帰って来てしまう新吉など、面白く、涙を誘う。 |
『夜の構図』 (青空文庫) |
中編。自作の脚本の上演を見るため、大阪から上京して来た新進の劇作家・須賀信吉だが、勝手にラブシーンを付け加えられてしまい、侮辱を感じる。傷つけられた自尊心を回復させるため、端役の女優・江口冴子を誘惑しようと決心する。宿泊している「第一ホテル」の部屋に冴子を連れ込むことに成功した信吉だが…。 「僕が誘惑したらどうする…?」、「誘惑…? どうするの…?」、「例えば、ベーゼする」、「出来るの…?」、「出来る! したらどうする!」、「泣き出すわ!」。 昭和十七年八月を舞台に、結婚と男女の行為の関係について考察した恋愛小説。伯父が決めた許嫁との結婚に対する反発から、信吉に処女を与える少女・中筋伊都子の存在感や、ホテルのロビイの新聞の暗号についての奇妙な真相も面白い。 |
『六白金星』 (青空文庫) |
短編。要領の良い兄・修一と比べ、出来の良くない弟・楢雄。父親の圭介に疎まれて育った楢雄は、母親の寿枝が圭介の妾(めかけ)で、自分たち兄弟が妾の子であることを知る。京阪マーケットの売り子・雪江と同棲を始めた楢雄だが…。「俺は一旦こうと思い込んだら、どこまでもやり通す男やぞ」。「運勢早見書」の六白金星を信じ、我が道を貫く主人公の極端で屈折した生き様を描いて面白い。 |
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