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林芙美子 (はやし・ふみこ) 1903〜1951。 |
『朝夕』 (青空文庫) |
短編。洋品店の経営が完全に行き詰まってしまい、話し合って夫婦別々にやって行くことに決めた嘉吉となか子。家財道具を売り払い、夜逃げ同然で家を出る二人だが…。「夫婦ってものは、そんなものかねえ、悪くなったら、わかれてしまってはいさよならなんて‥‥」、「まア、また、そんなこと云って、厭ねヱ‥‥」。人間はどん底の状態であればある時ほど、肩を寄せ合って生きて行きたい生き物だ。 |
『或る女』 (青空文庫) |
短編。青年・佐々徹男と不倫していた画家・結城堂助の妻・たか子。徹男の結婚披露宴でさめざめと泣くたか子の姿に、堂助は堪らない気持ちになる…。十八の時に結婚し、二十年間何の波風もなく暮らして来た女主人公に生じた“悪い隙間”。「ふふん、うぬぼれちゃいけないよ。あれは、俺の理想の妻だよ…」、「まア、ひどいことをおっしゃるわ…」。現実主義の妻と理想主義の夫という構図が面白い。 |
『帯広まで』 (青空文庫) |
短編。夫の九太から、女ができたと聞かされた伊代。四拾円の手切れ金をもらって離婚した彼女だが、九太のことが忘れられず、荒んだ侘しい生活を送る。マネキンガールの仕事で、九太と女(まさ子)が暮らす帯広へ行く機会を得た伊代は、九太と再会するのだが…。「四拾円でお前を始末したとは思っちゃいないよ。あれも君には気の毒がっているし、その事で何時も云い合うのだが、結局、俺達の方が君よりも不幸なんだぜ」。別れた男への未練を乗り越えていく女主人公の姿を描く。この終わり方だと男の方が深刻のようで…。 |
『河沙魚』 (青空文庫) |
短編。俎板(まないた)の上で首を切られても、胴体だけはぴくぴく動いている河沙魚(かわはぜ)──。兵隊に行った夫・隆吉の帰りを待つ千穂子だが、隆吉の父・与平と関係を持ってしまい、あまつさえ、与平との間にできた女の子を産んでしまう。隆吉の帰国が近づく中、子供の貰い手を探し続ける千穂子だが…。女主人公の切羽詰ったどうにもならない苦しみと、こころの自殺を描いた絶望小説。 |
『幸福の彼方』 (青空文庫) |
短編。戦場で片眼を失った陶工・村井信一と見合い結婚した絹子。信一のことを思いやりの深いいい人だと感じる絹子だが、信一にはかつて妻があり、子供があることを聞かされ、自分の前途が薄暗くなったような気持ちになる…。「君は、僕と結婚した事を後悔してるンじゃないだろうね‥‥」、「‥‥」。ある家族の微笑ましい光景に触れ、前向きに生きていく決心をする女主人公の姿が素晴らしい。 |
『婚期』 (青空文庫) |
掌編。上海の銀行員・安並敬太郎と結婚した登美子の妹・杉枝だが、数年後に病死してしまう。安並はそもそも登美子の縁談相手だったが、見合いにこりごりしていた登美子は、気がすすまず、断わっていた。その安並から求婚された登美子は、年齢の臆病さから、返事に迷ってしまう…。「私はもうおばあさんですよ…」、「じゃア、僕が杖になって上げましょう」。女主人公の激しい胸のときめきが美しい。 |
『秋果』 (青空文庫) |
短編。女の生涯にとって、男を知るぐらい此世に不思議なことがまたとあるであろうか…。恋人の工藤を追って上海へ行ったもんだが、工藤は他の女性と結婚していた。一年ぶりに東京へ戻ったもんは、思いがけなく工藤と再会するが…。「恋草を力車に七車積みて恋ふらくわが心から」。万葉集の歌を絡ませながら、恋人だった男に対する夢を捨てきれずに生きる女主人公の姿を描いて印象に残る。 |
『就職』 (青空文庫) |
短編。家に下宿していた謙一が、就職で遠い処(新京)へ行くことになり、ナーバスになっている養生中の埼子。仕事より恋愛を優先する「小説の青春」を欲する埼子だが、謙一は、職業のためには折角の恋愛も捨てなければならない場合もある「サラリーマンの青春」を説く…。「もう、このままお別れでいいと思うの。私は病気なのだもの…」。病弱な女主人公の「生活」への嫉妬を描いた「青春」小説。 |
『清修館挿話』 (青空文庫) |
短編。下宿「清修館」に越して来た医学生の谷村さん。二階に越して来た美しい女性に金を貸してあげた彼は、彼女とキスをする。しかし、下宿の太っちょの下女・おしげから、あの女は下宿の男の妻で、二人はもう郊外の方へ越して行ったと知らされ、ショックを受ける。“失恋”した谷村さんは、好意を示すおしげをいじらしく思うが…。「ああ、女の髪のひとすじの恐しや」。オチが楽しい青春恋愛小説。 |
『清貧の書』 (青空文庫) |
短編。別れた二人の男から、貧乏を言い訳にDVされた過去を持つ私(加奈代)。三人目の男である売れない画家・小松与一と所帯を持つが、高い家賃の一軒家での生活に不安を覚える。しかし、貧乏ながらも思いやりのある与一との暮らしの中で、過去の二人の男達には感じなかった肉親のような愛情を、与一に対して感じるようになる…。「僕が君に云ったのは貧乏人はあんまり物事をアイマイにするもンじゃないと云う事だ。遠慮なんか蹴飛ばしてハッキリと、誰にだって要求すればいいじゃないかッ! ヒクツな考えは自分を堕落させるからね」──。貧乏の中にある幸福感を描いた作品。二度あることは三度あるじゃなく、三度目の正直で、良かった、良かった。 |
『下町』 (青空文庫) |
短編。「静岡のお茶はいりませんでしょうか」。シベリアに抑留されている夫・隆次が、いつ戻って来るのか分からない中、子供(留吉)を抱えて、東京でお茶の行商を始めたりよ。鉄材置場で働く男・鶴石芳雄と出会った彼女は、留吉を可愛がってくれる人柄の良い鶴石と心安くなるが…。「いけないわ…」、「やっぱり、いけないかね?」、「ええ、困るわ…」。生き方の腹を決める女主人公の姿が胸を打つ。 |
『多摩川』 (青空文庫) |
短編。結婚間際に別の男と結婚してしまったくみ子と再会した津田周次は、彼女と多摩川の旅館へ行くが…。夫を亡くし、周次と寄りを戻したいくみ子と、周次に蠱惑的な好意を示す家の女中・ツヤ…。「どうした?」、「どうもしない…」、「どうもしない? だって泣いてるじゃないか…」、「どうもしなくったって涙の出たくなる時あるわよ…」。三角関係の様相がめちゃ面白いだけに、もうちょっと続きが…。 |
『泣虫小僧』 (青空文庫) |
中編。新しい男ができた母・貞子の身勝手な都合で、叔母・寛子の家に預けられた少年・啓吉。しかし、寛子の家は貧乏で、啓吉は歓迎されない。母の家に戻った啓吉だが、貞子が学校へやって来て…。「啓坊の母さんがなってないから、まるで啓ちゃんが宿無し猫みたいじゃないか」──。母親に愛されない子供の孤独と悲しみを描く。 |
『濡れた葦』 (青空文庫) |
短編。仕事に対する中だるみと平凡な家庭生活に嫌気が差し、不倫に走った挙句、家を飛び出した夫・廣太郎。子供二人を抱え、路頭に迷う妻・ふじ子は、初恋の相手だった木山が滞在する千葉の海岸の宿を訪ねる…。「男って、結婚生活にも、自分の職業にも飽いて来ると、まるで、手がつけられないンですもの」。自分の身勝手さによって家庭をフイにしてしまった男の、幸福の喪失を描いて秀逸。 |
『晩菊』 (青空文庫) |
短編。別れたあの時よりも若やいでいなければならない。自分の老いを感じさせては敗北だ──。元芸者で恋多き老年の女・相沢きんは、昔の恋人・田部の訪問を受けるが、一途な思いは彼女の心から薄れ去っていた…。訪問の目的を知った彼女は、男に幻滅する…。若かりし頃の田部の写真を火鉢にくべるラストシーンが出色。 |
『崩浪亭主人』 (青空文庫) |
短編。満州で妻子を亡くし、末娘の妙子と日本へ戻って来た磯部隆吉は、妙子と二人で池袋で酒場「崩浪亭」を始める。未亡人の宮内はなと見合いをし、その気になった隆吉は、彼女を迎える準備をするが…。「お父さんだって、宮内さんを貰えば幸福になるわ。もう鷄の声をきかなくっても、宮内さんが慰さめてくれるでしょう?」。しっかり者の愛娘の結婚話を絡めて、五十男の孤独を描き、心に沁みる。 |
『夜福』 (青空文庫) |
掌編。「おばアちゃん、清治のお茶、また茶柱が立っていますよ」。一人息子の清治を戦争で亡くし、妙に気持ちが弱くなってしまった宿屋の女主人・久江。女を作って他に別居してしまった夫・大吉郎に呼び出され、仕方なく浅草まで会いに行った久江は、死んだ清治に子供がいるという意外な話を聞かされ、吃驚する…。学生時代の清治の日記に書かれた「夜福」の意味が微笑ましく、涙を誘う。名編。 |
『淪落』 (青空文庫) |
掌編。終戦後まもなく、家出して東京でダンサーになった十八のわたし。行きずりの中年男・小山との同棲生活や、ダンスホールの楽士・栗山、人生に絶望している会社員・関など、男たちとの出会いと別れ…。淪落していく女性のはかない日々を描いた社会派小説。 |
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