このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください |
イキナリだが浜隧道(仮)の勝浦側坑口である。 (仮)というのはこの隧道の正式名称が分からないので この辺の地区名から勝手につけただけである。 こちらのサイト でこの 隧道の存在 を知り、 旧国道の廃隧道というい美味しいシチュエーション故に是非とも訪れて見たかったのだ。 R128の国道指定が昭和28年で、現道「浅間隧道」が昭和40年開通。 S30年代辺りまではこの隧道が国道だったのだ | |
隧道内部。 几帳面なぐらい整えられた坑壁。 まるで何処かの遺蹟の入口のような坑内だ。 一瞬、余りに整いすぎているので石材で覆っているかのように見えたが、 純粋に岩盤をくり貫いてできた素彫りの隧道である。 壁には一本一本、水平に並んだノミ跡があり この隧道が非常に丁寧に作業が施工された事が窺い知れる。 また幅員は意外と広く、 流石に離合は厳しいが、ただ単に通り抜けるだけなら大型車も入れるだろう。 間違いなく車を意識した隧道である。 おそらく大正〜昭和初期あたりに開削、 もしくは人道隧道から車道隧道に改修しているのではないか? | |
何気に排水溝も完備。 ただし、崩れてきた小岩や泥で殆どの箇所が埋まっているが。 | |
御宿側坑口付近はやや崩れ気味。 路面に上部から崩れ落ちてきた岩が積もっている。 | |
御宿側坑口。 こちらは坑口の形が崩れてしまい洞穴のようになってしまっているが、かつては御宿側のように綺麗に整えられた坑口だったのであろう。 ふと思ったのだが この隧道、ちょっと『 栗子山隧道 』に似ているかもしれない。 現在、万世大路旧道山形側に残る「栗子山隧道」の坑口は、まさしく洞窟と言った姿だが、記録に残る文献だと、かつては浜隧道(仮)の勝浦側坑口の様に非常に整った形をしていたと言う。 栗子山隧道が現役だった頃の姿と言うのは、この隧道をもう少し幅員を広げて、延長を10倍ぐらい延ばしたような隧道だったのだろう。 素彫り隧道と言ったら殆どが荒らしい凹凸がある野趣溢れる坑壁が殆どである。 此処のような平面に整えられた坑壁はとても珍しい。 また、あっても現在の栗子山隧道ように崩れて形が現役を留めていないのだろう。 そういう意味ではこの隧道はとても価値があるものなのかもしれない。 | |
さて、隧道から出た先の御宿側の旧道の様子。 完璧にジャングルです。 これでも冬場の12月。 真夏にでも訪れようものなら、背丈より高い藪に覆われ とてもこの旧道に入り込もうなんて思えない。 | |
隧道からちょいと歩いて振り返ってみたら、もうその姿は見えない。 | |
微妙な高さで行く手を遮断する倒木。 まあ徒歩ならちょいと跨げば越せるが、バイクで乗り越えるには少々厳しい高さだ。 流石にこちら側をセローさんで突破するのは断念。 こちら側はね。 ちなみに、こんなんですがバッチリ 地図に記載 されています。 | |
好き放題に植物達が入り乱れるジャングルから、段々進んでいくと人の手が入った整然とした杉林へ。 それに伴い道も段々状況が良くなり歩きやすくなってきた。 | |
しばらくすると、水利施設のようなモノが設置された場所へ出る。 此処を過ぎれば道も四輪も入り込めそうな状況まで回復。 | |
落ち葉が散らばりが、やや荒れてはいるが一応舗装道路。 | |
ようやく人里まで降りてきた。 道のど真ん中に駐車された車。 半ば、この車が旧道のゲートと化している。 | |
しばらく住宅地の中を進み、この場所で現道と合流。 旧道が山側に迂回し、隧道一つで山を貫いているのに対し、現道は海岸線まで迫出した険しい山塊を強引に4つのトンネルで貫き最短路で勝浦の町へと導いている。 |
さて、場所は一転して勝浦側の旧道入口である。 ご覧のとおり現道はいかにも幹線道路といった感じで、交通量も多い。 緩いカーブの海岸線沿いを土盛りで徐々に高度をあげ、 岩壁をくり貫いたトンネルへと向かっている。 | |
旧道と現道の分岐地点に「南房総国定公園区域境界」と刻まれた柱。 何となく、これは旧道が現役時代に立てられたもののような気がする。 この標柱が立てられた地域は自然・環境保護の為に建築物の建造に制限がかけられる。 故にこのさりげなく立てられた標柱の立ち位置により、モノが立てられるか立てられないか大きく変わってくる為、地域開発協議等で大きな争点となってくる。 | |
旧道に入ってまもなく、古びたコンクリ橋が現れる。 銘盤は取り外され名称も開通年月日も解らない。 ただ、雰囲気的には大正末期〜昭和初期建設っぽい感じがする。 橋を渡った先は衛生処理場の入口となっており通り抜けが出来ない。 | |
現在、実質的な旧道の入口となっているのが此処。 丁度、東魚見隧道手前から分岐している。 ・・・さて、本レポ例外的に隧道手前から始まり、 其処から御宿側へ下りていく形で始まった。 先にご覧になったように御宿側旧道は見事に廃道と化しており 最早エンジン付きの車両で隧道へ向かうには非常に困難な状況となっていた。 よって御宿側は徒歩のみによる探索に終わった。 しかし今回端折った勝浦側旧道はどうだったのか? 次の回はその様子をご覧頂きたい。 果たして、せろーさんと共に隧道前に立つ事が出来たのか? それとも心折れて、相棒置き去りにして行ってしまったのか? | |
続く。 |
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