このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

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茨城県道139号線

茨城県つくば市
2008・5・6来訪


古き良き昭和の残り香を残す町並み。
此処は国道125号線の旧道にあたる道であり、
今は無きは筑波鉄道「常陸北条駅」の駅前商店街でもあった。

元々、この『北条』と言う地は筑波山のお膝元として栄えた場所で
この地より筑波山への参道が延びていたのである。

そしてその参道こそ、この現在 茨城県道139号線『筑波山公園線』と呼ばれ
この丁字路を右折していく道なのである。

参道入口にはょぅι゛ょがお出迎えです。


この茨城r139『つくば道』は徳川幕府三代将軍・家光が
筑波山神社を建設する際に資材輸送路として開削した道である。
そして、神社が完成した後に参道として一般解放されたのである。

恐らく、県道42号線の車道が開通するまで
最もポピュラーな登山口として親しまれていたのがこの道で、
その歴史から『日本の道 百選』にも選ばれた。


はて、そういえば「日本の道 百選」にも選ばれた「歴史ある道」。
そういや、関西にもそんな道を聞いた覚えあるなァ。

何か、そうな名前の道だったような・・・・。


『北条町道路元標』と刻まれた碑。
恐らく戦前に設置された現在のr139の起点を表す標柱だと思われる。

北条は1955年まで独立した自治体で、その後筑波町と合併。
その筑波町もつくば市と合併して現在に至っている。

ちなみに現在のつくば市は1987年に成立した自治体であるが、その時まだ筑波町はその一部では無かった。(つくば市中心部は旧・桜村)
1988年1月に合併するまで、隣接して2つの「つくば」と言う自治体があったのだ。
r139に入り、しばらく北条市街地を走ると、その向こうに、これから向かうべき筑波山の山頂付近が見え始める。
いったん、名無し市道と合流。
県道よりマイナー市道の方が規格が良い事は全力でスルーでお願いします
合流から100m程で市道からすぐ離脱。
一応、県道の行き先を示す青看があるがヘキサが記載されていないので分かりづらい。
市道との分岐点近くに『関東ふれあいの道』の標柱。

うん、「ふれあいの道」か。
いろいろ間違ってない。
市道から分岐して100m程だけ中央分離帯のある2車線路。
あきらかに郵便局の為のものだろう。

ここからしばらくすると神郡地区に入る。

瓦屋根の古い家屋が立ち並ぶ神郡地区。
北条の町並みが昭和レトロなら、こちら中世タイムトリップだ。

神郡地区は筑波の神領として古代から存在し
江戸時代はつくばの参拝の中継地点として大いに栄えた。
また、この地区の西側には養蚕の神を祀る蚕影山神社があり、
繊維産業が国策であった明治時代には養蚕業関係者が多く訪れたという。

上の画像の標柱は神郡地区「上町」の交差点(地図参照)にあった標柱。

標柱には
(左側)大貫ヲ経テ大館 真壁方面(右側)立野ヲ経テ小幡約1里方面」
と刻まれている。

このr139と交差する道を地図で辿ると確かに碑に刻まれた地区へたどり着くのである。
今でこそ名無し道となっているこの道だが、昔はそれなりに重要な道だったのかも

神郡地区を抜け、よいよ筑波山が眼前に迫ってきた。
r139は身じろぎもせず一直線に山へと向かう。

・・・と言うか地図で見ると、山ん中入ってもこの道一直線なんですけど。
ホント「等高線って何?」って感じに真っ直ぐ。

って事はアレですか?
この道も『暗峠系』の道ですか?

「古道散策」レポ終了。
これより「険道レポ」となります。

続く。

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