このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

頭上を轟音とともに教導隊のF-15が飛び去っていく。航空祭の始まりだ。

続いて、基地所属のそれぞれの航空隊が編隊を組んで飛ぶ“編隊飛行”だ。6機のF-4の編隊はそりゃ迫力があった。

プログラムは、23航空隊の機動飛行へと進む。
昨年 はスペック的に無理なデジカメで撮影を試みた。結果は像は小さいわ、ブレブレだわ・・・。とにかく惨敗であった。

しかし今年は違うのである。私は手に
EOS-10Dを握っているのである。“EOS”の冠が付くように豊富なEFレンズ群が使用可能。35mmフルサイズではないが、一眼レフと同じ感覚で撮影できるのは極嬉しいのだ。

というわけで飛行中の飛行機を捉えたものは全て10Dと100〜300mmによるものだ。それでは飛行展示の模様をみていただきたい。
北の滑走路際では、飛行を終えたパイロットを迎えることができる。

手を振って迎えよう。
対地攻撃(訓練)の後、急旋回で離脱するF-1。

これが見られるのももうあとわずかである。
301航空隊のF-4。2機編隊で離陸していく。1機はシャークティースの“戦競”ヴァージョン。他、開設30周年記念の塗装機も飛んだ。
さあ、ブルーインパルスが飛ぶ!!
築城基地のF-1と第301航空隊のF-4の対地攻撃の最中、岐阜在住の先輩がやってきた。カメラをパンしながら色々と内輪にしか分からない質問を浴びせたが、ひらりひらりとかわす。うぬれ、やるな!!

この間、午前中の救難隊の展示飛行が終わる。飯を喰いながらも馬鹿話にはずんだのであった。

午後、301飛行隊、23飛行隊による最大性能発揮の機動飛行。児湯の青空を銀翼が駆けめぐる。余談だが、せまっ苦しくなく、どこまでも開放的な風景。アフターバーナーをガツンと炊いて、ジェット機が空へと駆け上がっていくのだから。新田原の航空祭が“
日本で一番迫力のある航空祭”といわれる理由はここにある。航空祭初体験の彼氏は、ずっと天上の白い点を眩しそうに見つめていた。
習志野の空挺団による空挺落下。きれいに滑走路上に着地していた。
会場にファンファーレが鳴り渡ると、ブルーインパルスの曲技飛行の時間だ。6機の白いT-4が隊列を組んで滑走路を進み、そして空へと上がっていく。

2機で、4機で、5機で、6機で・・・。白い煙を吐きながら、螺旋やハート、星を描いていった。演技が成功する度に、会場からはため息が漏れる。私自身、シャッターを押すことを忘れてしまうほどの素晴らしさなのだ。

こんな雲一つ無い快晴の空である。縦横無尽に繰り広げられる演技は40分に及んだ。
まだまだ終わりじゃないのです!!
ふふふふふ・・・。ブルーが飛び終わったからといって航空祭は終わりではないのだ。

今度は滑走路の南側に移動して帰投する飛行機を撮影するのだ。今年の目玉は何と言っても米軍機(んで、個人的にF-1)。連れの彼氏も当然ながら付き合ってもらって、とにかく滑走路際で離陸を待つ。
垂直尾翼が白く塗られていたC-130H。
大型機がゆっくりと上がっていく姿には迫力を覚える。
一度離陸した後、滑走路を大きく1周してサービス。

海自の掃海用ヘリ、MH-53である。
2機編隊で離陸するハリアー。小さな機体だからといって侮る無かれ。

やはり離陸後大きく旋回して、もう一度基地上を通過してくれた。あっという間に空の彼方へ消えていく。
ホーネットが飛び去った時点で「本日この後の帰投予定は無い。」とうい案内アナウンスが流れる。築城のF-1や米軍のF-16×2機は残念ながら翌日のフライトとなったようだ。

今年の新田原基地航空祭は終わった。岐阜の先輩と別れを告げ、連れの彼氏を家へ送るため西都市へとハンドルを取ったのだった。
トリをつとめたのがホーネットであった。これも離陸後引き返してくれ、岩国へと一気に飛び去っていった。

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