このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください



<5-2・悪夢>

いつもと変わらない日曜。

小学生の美香は両親や幼い妹と一緒に郊外のショッピングモールで買い物をして

お昼ご飯を食べ車で帰る途中だった。

後部座席で妹に買ったばかりの絵本を読んであげる美香を母は車内のバックミラー越しに

優しく見つめている。

父も時折バックミラーで二人の様子を見ながら穏やかな顔で車を走らせた。

いつも美香の家族は休みになると皆で買い物に出かけるのがお決まりだった。

普段父も母も仕事で家に居ることが少なく、平日は美香が妹の面倒や家事をこなすことが多かった。

両親に言われたことではない。

自発的に行いはじめたことだった。

そんな美香が両親にとって自慢の娘だった。

平日はあまりかまってあげあれない。

だからせめて休日は外出して子供たちと一緒に過ごす時間を大事にしようという

両親の決め事でもあった。

閑静な住宅街の道路は昼間でもあまり車は走っていない。

その日もそうだった。

信号待ちをする美香たちを乗せた車。

その後ろにもう1台黒っぽい車が止まった。

信号が赤から青に変わった瞬間—後ろの車が急発進すると美香たちの車を追い抜きすぐ

目の前で急ブレーキを踏んだ。

美香の父は慌ててアクセルから足を離すとブレーキを踏む。

衝突はしなかったが衝撃で後部座席の妹がドアに頭をぶつけ泣き出した。

美香は驚きながらもすぐに妹を抱き寄せると

「よしよし、大丈夫だよ」とぶつけた箇所をやさしくさすった。

前の車から若い茶髪の男が降りて向かってくる。

「あなた…」

震えた声で母が父に声をかける。

「大丈夫だ」と答え、父は運転席の窓から顔を出し落ち着き払った声で

「どうしました?」と男に尋ねた。

男は無言で何も言わず、じっと車内を見る。

その視線に母は怯えた。

美香は男と目が合わないようにと強く瞼を閉じた。

「何でしょうか?」

また父が声をかけた。

その声はさっきと違って少し震えている。

突然男の顔に筋模様が浮かんだかと思うと灰色の化け物のような姿になった。

驚く父の首をつかむと車内から引きずり出し、持ち上げた。

抵抗むなしく力を失った父の体を化け物が足元に落とす。

ぴくりとも動かない父を見て、母はとっさに助手席から転がり出ると後部座席の

美香と妹の体を抱え
「逃げるのよ!」と走り出した。

しかしそれをあざ笑うかのように化け物が頭上を越え目の前に立ちはだかった。

今度は母の首をつかむ。

その間にも母は二人の娘に逃げるようにうながす。

泣きじゃくりしゃがみこむ妹を、美香は涙を流しながらもひっぱりその場から逃げようとした。

しかし母も力なくその場に倒れこむと、化け物は容赦なく美香と妹の首に手をのばした。

空中に持ち上げられしだいに目の前が暗くなっていくのを美香は感じた。

冷たいアスファルトの感触を感じ美香は意識をとりもどした。

夢だったのだろうか?と思ったが、すぐにそれが現実だったということを知った。

車の運転席の横に倒れた父、少し離れたところで倒れている母、そしてすぐ近くでは妹が

力なく倒れている。

夢じゃなかったんだ—私だけ…

美香の目に涙があふれ出した。

その時父が立ち上がった。

よかった、パパも無事だったんだ!と駆け寄ろうとした瞬間、父の体が灰のようなものを

撒き散らしながら崩れ去った。

立ち尽くす美香。

その背後で今度は母が立ち上がった。

振り返りまた駆け寄ろうとする美香。

しかし母はそんな美香に向かって信じられない言葉を浴びせてきた

「嫌ーっ!来ないでぇ!化け物…」

そう叫ぶと母もまた灰化していった。

足元では妹も灰化していく。

どういうこと?

どうして私を見てママはあんなことを言ったのだろう?

美香はふと自分の手を見てみた。

それは普段見慣れている彼女のものではなかった。

これは!?

恐る恐る車のバックミラーを覗き込む。

そこには見たこともない、灰色の化け物の姿が映っていた。

美香は思わず悲鳴をあげた。

ぱっと目を見開く美香。

真っ暗なテントの中で彼女は夢を見ていたのだ。

それは彼女が体験した悲しくおぞましい出来事—

両親や妹を失い同時に彼女がオルフェノクとして
覚醒したときのことであった。

美香はしばらく真っ暗な天井を見つめていたが、横向きに寝返りをうつと瞼を強く閉じた。

その瞼に母の最期の顔が浮かび、「化け物!」という叫び声が頭の中に響いた。

強く閉じたまぶたから涙がとめどなく流れた。

彼女がオルフェノクの力を行使したときや闘ったときは、必ずこの“悪夢”にうなされる。

声を殺し泣く美香のテントの前で誰かが立ち止まったのを感じ、美香の涙は止まった。

「…どうしたの…?美香ちゃん?」

外からした声は啓太郎のものであった。

リーダーでありながら彼は率先して夜間の見張りをかって出たのである。

「何でもない…消えろ」

そう美香は答えた。

しばらく間を開け「おやすみ」という啓太郎の声がした。


このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください