「ねぇ、いいでしょ?」 そう言うと少年は微笑み目前の台の上で頬杖をつき、目の前の女性に懇願した。 繊細なまるで人形のような顔立ちに、まだあどけなさが残る笑顔。 美少年の甘えた口調で話す声には、どんな女性もついつい彼のお願い事を聞くことだろう。 だが— 「ダメです。パスポートがないと入国を認めることはできません。」 空港の入国管理窓口での女性職員と少年のやりとりはかれこれ20分近くになる。 この間、女性職員の「パスポートを提示してください」という要求に少年は 「なくした」の一点張りだった。 全く何なの? だいたいさっきからずっとSWATを呼んでいるのにどうしてこないのよ!? 彼女が手もとのブザーをさっきからずっと押しっぱなしなのに関わらず
いつもならすぐに駆けつけるSWATが今日に限って全くやってこない。 少年の後ろにはすでに行列ができ、口々に 「早くしろ!」 「いつまでかかってるのよ!」 と苦情をもらしている。 そんなことを気にすることもなく少年は相変わらず笑顔で見つめてくる。 そうこうしていると後ろの列からがたいのいい二人組みの男がやってきた。 見るからにいかつい、その大きな手が細い少年の肩をつかみ 「おい、兄ちゃん!俺らはずっと待ってんだよ!いい加減諦めろ!?」 「そうだよ、坊やはお家に帰ってミルクでも飲んでオネンネしときな!」 と力まかせに少年を窓口から引き離そうとした。 だが次の瞬間− 「ぎゃー!」 ロビー全体に男の叫び声が響いた。 今さっきまで笑顔だった少年の顔が冷酷な顔に変わり男の腕をねじあげていたのだ。 「僕の体に触れると危ないよ…」 そう少年が言うと男の腕を握っている手のひらから灰がこぼれおちはじめた。 「うわ、わ、助けてくれ〜」 さっきまでの威勢が失せ男は情けない声で助けを求めた。 「このやろう!」 もう一人の男の顔がゆがみオルフェノクへと変化した。 その姿は亀を思わせるものだった。 「へぇ、僕と闘うつもりなんだ…」と笑顔を見せるととたんに凶悪な表情を浮かべ 「面白い!」と少年の姿が変わった。 細身だった少年からは想像もつかない姿—ドラゴンオルフェノクが出現した。 ロビー一帯がパニックになり、あちこちで悲鳴があがる。 腕をねじ上げられていた男はすでにドラゴンオルフェノクの足下で灰化している。 変化した男もすでにその少年の姿を見た時点で戦意を失っている。 「ま、待ってくれ…し、知らなかったんだ!
まさか…あんたが、あのラッキークローバーの北崎さんだったなんてこと…
なぁ、許してくれよ…この通りだ!」 そう言うと変化した男はオルフェノクの姿のままで土下座した。 しかし北崎は笑いながら 「どうしたの?僕と闘うんでしょ?」と許す気はない。 「うわ〜!」 とたんに立ち上がったトータスオルフェノクは死に物狂いの勢いで、手にした棍棒を ドラゴンオルフェノクに打ちつける。 微動だせず立ち尽くすドラゴンオルフェノクだったが、「図に乗るな!」そう吐き捨てると 手にしたドラゴンクローで棍棒を打ち払い、トータスオルフェノクの胸を穿った。 苦しみの声をあげながら後ずさりするトータスに向かってドラゴンオルフェノクは
容赦なく攻撃を加える。 数撃目にはトータスオルフェノクの体から青い炎があがり灰化をはじめた。 それを見届けると北崎はオルフェノクの姿のまま入国窓口に向かう。 一部始終を目撃した女性職員はがたがた震え声もでない。 北崎の腕が女性の首元に伸びる。 「北崎君、お止しなさい」 後ろからの女性の声に北崎は変化を解いた。 「あっ、冴子さんだ」 そう言うと女性の首元に手を伸ばしたまま北崎が笑う。 「全く…あなたはいつも何かしないと気が済まないのね。」 と影山冴子は呆れたようにつぶやいた。 さっきから北崎たちを取り巻くように一般市民(もちろんオルフェノクだが)が
その動向を見守っている。 「もう、みんな揃ってるわよ。“いいこ”だから、早く来なさい。」 そう言うと冴子は周囲を見回すと颯爽とロビー出口の方へと向かった。 交代でSWAT部隊がやってくると、両脇にわかれ、北崎用の道をつくった。 それを見た北崎は 「わかった?…僕は触わったもの全てが灰になっちゃうんだ…。
だからパスポートも灰になっちゃったんだ…」 そう言うと女性の頬を軽くなでた。 その手のひらからわずかに灰がこぼれる。 「は、はい!」 このうえない恐怖を感じながら女性職員は悲鳴にも似た返事をした。 「“いいこ”だ」 そう北崎は微笑むとSWATのつくった道を歩いて出口へと向かう。 その後からSWATが護衛につくため続く。 空港のロビーにまた平穏の時がおとずれた。
「全く北崎さんはいつもいつも…」 琢磨逸郎が小さくつぶやく。 「えっ?琢磨くん、何か言った?」 そう言うと北崎はいたずらっぽい笑顔を琢磨の顔に近づけた。 「どうしたの?そんな端っこに寄ってないでもうちょっとこっちへ来れば?」 「い、いんです、僕はここで…」 空港から本社までラッキークローバーを送迎する装甲車の最後部の座席、真ん中に座る北崎と それを避けるかのように端っこに肩を縮め座る琢磨の構図は、そのままラッキークローバーの
力の構図である。 いじめっこといじめられっこ… 相変わらずの構図を見ながら、横向きの座席に座る冴子はふとジェイの腕の中で怯えるように 震えるチャコに気付いた。そのチャコの頭を優しく撫でながら 「チャコちゃんが恐がっているわ、ジェイ?」 と冴子が声をかけた。 その声に、怯えるチャコに気付いたジェイは 「チャコ、ソーリー」 とその頭を愛おしく何度も撫でた。 「仕方ありませんよ、ジェイは親友をライダーに殺されたんですからね。」 とそれを見ながら琢磨が冴子に話した。 「ライダーねぇ…」 冴子はそうつぶやくと目を閉じ何か考えるふうだった。 「ねぇ?ゲームしようよ?」 そう言うと北崎は楽しそうに琢磨、冴子、ジェイに笑いかけた。 琢磨は心の中で 「またか、こいつは…!」 などと思ったが、口にはせず黙って知らないふりをする。 「誰がライダーを1番最初に倒すか…」 そう言いかけた北崎の言葉をさえぎり 「ねぇ、裏切り者の中には女の子もいたのよね?」 と冴子が助手席のSWAT隊員に話しかけた。 少し緊張した様子で隊員は 「はい。たしか、シグマプロジェクト研究員の山科美香という女性がいるはずです。」と答えた。 それを聞いた冴子は「そう…あの子が…」 そう言うと唇に微笑を浮かべた。がその目は笑っていなかった。
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