このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください



<6-2・BASTET>

館林綾はほっとしていた。

昨日の騒ぎ−ライダーによる世界各国代表の抹消−のおかげで

今日の本社社長就任披露パーティーが
中止になったからだ。

彼女はパーティーが大嫌いだった。

BASTETのスポークスマンでもあり、若き天才女性科学者−しかも美人−でもある彼女はどこの

パーティーでも
周囲からの好奇の視線を浴びる。

そして話しかけてくる大抵の男は彼女の興味のない話−好みのタイプや趣味

自分の乗っている車の自慢−
などという「くだらない」話をするからだ。

下心丸出しで話しかけてくる男たちなど彼女の眼中にはない。

彼女が興味を持ち、話をしたいと思うのは「オルフェノクの王」のことだけなのだから…

だが未だ彼女の御眼鏡にかなう男性などいない。

いや、いるとしたらそれはもうオルフェノクの王だけなのかもしれない。

彼女のオルフェノク研究はそういった「王への恋心」といったある種の「崇高な恋愛」なのである。

だから彼女は研究をしている時が一番幸せな気持ちでいられる。

約束の時間からすでに5分が経過している。

誰もいないBASTETのメインホールで彼女は新社長を待っている。

パーティーの代わりに、今現在スマートブレイングループの中で最も大きく権威のあるBASTET

就任報告を行うためやってくる予定なのだ。

綾が腕時計をもう一度見たとき、ステージの端から

「は〜い♪みなさん、今日は…」

とスマートレディがマイク片手に登場し、トークの途中で立ち尽くした。

彼女の予想ではBASTETの研究員たちがホールを埋め尽くし

自分の登場を今か今かと待ち望んでいる
つもりだったのだ。

しかしそこに居たのは館林綾一人だけ。

軽くおじぎした綾にスマートレディはマイクを持ったままステージ上から駆け寄る。

「ちょっと、どういうことですか?今日はだーいじな新社長さんの就任報告だというのに!」

きんきんとマイクのノイズが会場に響く。

そのスマートレディの相変わらずなテンションの喋り口調に

「申し訳ございません。急にそのように決まったため、こちらも準備ができず私が代表として
 新社長にご挨拶することになりまして…」

と再度、今度は深くおじぎした。

だが、その口調はあくまで事務的で感情などこもってないように思える。

「準備…って、それは…!」

とスマートレディが言いかけたとき

「まぁ、いいではありませんか。皆さん、職務でお忙しいのです。
 わざわざ、私ごときのために時間を割いていただくのは申し訳ない」

と言いながらメインホール後方の扉から新社長州浜伊織が入ってきた。

州浜の方を向きながら綾はまた深くおじぎする。

綾の前まで来ると立ち止まり

「初めまして。この度スマートブレイン本社社長に就任しました州浜伊織です。以後よろしく」

と州浜は一礼した。

BASTET広報の館林綾です。社長就任おめでとうございます。
 こちらこそよろしくお願い致します。」

と綾も型どおりの挨拶をした。

「館林綾さんといえば…オルフェノク研究の第一人者として有名ですよね?
 お会いできて光栄です。あなたのレポート、大変興味深く拝見させていただきました。」

そう言うと州浜はニッコリと微笑んだ。

「ありがとうございます。」と綾も微笑む。

「特に…オルフェノクの王の研究…あの部分はひじょうに感銘しました。
 しかし…王は本当に存在するのでしょうか?もはや人類も残りわずか…
 ですが、未だ王は現れていない。」

そう州浜は綾に尋ねた。

その質問は綾が最も嫌うものだった。

「…王は存在します。ただ“眠りが深い”だけなのです。
 私たちの中の“王の記憶”がその存在を証明しています。
 遠くない将来、きっと私たちの前に王は現れます。」

そう綾は、今までより強い口調で話した。

口元はおだやかに笑っているようだが、目には不機嫌な色を浮かべている。

「そうですか。」と州浜はまた微笑み

「ところで、今日は所長の波原さんは?」と話題を変えた。

波原とはBASTETの研究所を統括するいわば最高責任者である。

「波原の方は本日出張のため不在です。」と綾は返事した。

「出張ですか…それは残念だ。是非一度お会いしてご挨拶したかったのですが…」

と州浜は残念そうな表情を浮かべた。

「申し訳ありません。」と綾はまた事務的に頭をさげた。

「社長、ラッキークローバーの皆さんが空港に到着したそうです…」

とスマートレディが携帯片手に報告した。

「わかりました。思ったより早かったですね。
 …それでは私はこれで…波原さんによろしくお伝えください。」

と一礼すると州浜とスマートレディはホールから出て行った。

その姿をおじぎした姿勢で見送った綾の後ろからそっと男が近寄ってきた。

「行ったようだな。」と今まで隠れていた男は安心した様子で綾に聞いた。

「はい。しかし州浜社長はあなたにお会いしたがってましたよ?所長。」と綾は振り返った。

「州浜社長をご存知なのですか?」と続ける。

「あの男の事か…いや、知らん。私はあまり人と会いたくないだけだよ。」

そう言うと波原は州浜たちが出て行った方向とは逆の出口から出て行った。

その後から綾も続いて出て行った。


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