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<1-2・美香と啓太郎>

美香は人間解放軍の基地から離れた林の中、木の根元に膝を抱え座っていた。

「美香ちゃん?」

啓太郎の声に美香の肩がびくっと震えた。

両膝の間に沈めていた顔を啓太郎の方に向ける。

その目はいつものように啓太郎を軽蔑するかのような冷たい目だ。

「どうしたのさ?皆、美香ちゃんどこへ行ったんだろうって心配してるよ?」

啓太郎が聞く。

「…ほっといて…」

美香が顔を背ける。

「山上さんから聞いたけど…美香ちゃん、流星塾にいたんだってね。」

その言葉にまた美香が啓太郎の方を見る。

さっきよりけわしい怒った顔つきである。

「…だから?…啓太郎には関係ないでしょ!?

「どうしてさ、真理ちゃんが言ってたよ、美香ちゃんは大切な友達だったって…」

その言葉に美香の顔つきが変わった。

泣き出しそうな顔で

「ほっといてって言ってるでしょ!」と声を荒げる。

「ほっとけないよ!」

啓太郎もつい語気を強める。

「皆には…会えない」

そう言うと美香は立ち上がり林の中に消えた。

美香の背中を追って啓太郎は走った。

少し開けた場所に出ると美香が立ち止まり、啓太郎の方を見た。

寂しげな美香の表情にすじ模様が浮かぶ。

オルフェノクへと変化した。

「これが…本当の私の姿…私は化け物なの、皆にはもう会えない」

ホーネットオルフェノクの足下から伸びた影に映る美香が言う。

「…そんな…そんなことないよ、美香ちゃんは…」

啓太郎がそう言いかけると

「あなただって私のこの姿を観て、本当は恐いって思ってるんでしょ!?
 私のこと化け物だって思ってるんでしょ?」

そう叫ぶ美香の声が、啓太郎には彼女の心の悲鳴のように聞こえた。

「そんなこと思ってないよ。恐くなんかない。美香ちゃんは化け物なんかじゃない。」

真っ直ぐ美香を見て啓太郎が力強く、しかし静かにそう言った。

「嘘だ!」

涙まじりの声で美香が叫ぶ。

「嘘じゃない」

美香の目を見て啓太郎が静かに言う。

「嘘…」

美香の声は完全な涙声になっていた。

「嘘じゃないよ。…美香ちゃんは本当に自分のこと化け物だって思ってるの?」

そう啓太郎が問いかけた。

「…私は…恐い。自分が恐い…皆に会うのが恐い…啓太郎、私…私ね…」

美香は変化を解き、泣きながら啓太郎に全てを打ち明けた。

彼女の養父であった花形にしか話さなかった覚醒の悪夢の話。

真理たちが彼女にとって本当の親友だったこと、そしてそんな真理たちの目の前でオルフェノクに

なってしまった事件の話…

「私…真理たちに絶対嫌われるって…二度と友達には戻れないって…
 ずっと恐かったの…化け物って…そう呼ばれるんじゃないかって…」

あふれる涙を手でぬぐいながら美香が続ける。

「だから…もう誰とも友達になったり、親しくならないでおこうって…
 そしたら嫌われることもないし…」

“やっぱりタッくんと同じだ”と啓太郎は思った。

以前、巧は真理や啓太郎に人と親しくなるのが恐いと打ち明けたことがあった。

人に裏切られるのが恐いのではなく、自分が人を裏切るのが恐いと。

それを聞いたとき啓太郎にはよく意味がわからなかったが、巧がオルフェノクだと知ったときに

その意味がわかった。

美香の啓太郎に対する冷たい態度も、彼が人間であるがゆえに美香がとった行動だったのだと思った。

「大丈夫だよ、美香ちゃん。」

優しく啓太郎が話しかける。

「真理ちゃんたちは美香ちゃんのこと嫌いになんかなってないよ。」

美香の涙は止まらない。

「俺だって…タッくんがオルフェノクだって知ったとき…
 正直最初はショックだったけど、思ったんだ。
 タッくんはタッくんだって。
 人間もオルフェノクも関係ない。タッくんは大事な親友だから。」

その言葉に美香が顔をあげた。

「啓太郎…?」

啓太郎が今まで見たことのない目−涙を湛えた澄んだ瞳−で、美香は啓太郎を見つめた。

林の中に差し込む赤い夕日が美香の頬を照らす。

「美香ちゃんは美香ちゃん。真理ちゃんたちもそう思ってるって、絶対」

啓太郎がそう笑いかける。

美香の涙が止まった。

啓太郎は立ち上がると

「ほら、もう帰ろ。日が暮れちゃうよ」

と林の向こうに見える夕焼け空をまぶしそうに見上げた。

「うん…」

美香も立ち上がり夕焼けの空を見つめた。


「おーい、啓太郎さんたちが帰ってきたぞー!」

人間解放軍の見張り櫓の上から見張りをしていた男が声をあげた。

もう日も落ち、すっかり暗くなっていた。

その中、彼らの基地はあちこちで点けられた照明やらかがり火で明々と光っていた。

啓太郎が前を歩き、美香が少し後からついてきている。

啓太郎も「おーい!」と彼らを待っていた仲間に大きく手を振った。

やがて基地の中に入ると本部から真理、沙耶、里奈が走って啓太郎たちの方へやってきた。

美香が立ち止まりうつむく。

真理たちもそれを見て立ち止まった。

啓太郎がお互いを見て、美香の方へ駆け寄った。

「…大丈夫だよ、ほら…」

と優しく声をかけると、啓太郎は美香の手をとって真理たちの方へ歩き出した。

手をひかれうつむいたまま美香も歩き出す。

それを見て真理たちも歩きはじめた。

啓太郎は美香の手を離し、少し下がった。

真理、沙耶、里奈が美香を囲む。

相変わらずうつむいたままの美香。

「…もう!心配したんだよ、美香」

真理が言う。

「…ごめん…。」

美香が小さな声でつぶやいた。

だが恐くて真理たちの顔を見ることができない。

真理たち3人は顔を見合わせると頷いた。

「おかえり、美香!」

3人が声を揃えて言った。

美香は顔をあげ3人の顔を見た。

あのころと変わらない優しい笑顔がそこにあった。

「…ただいま」

そう言う美香の顔から笑顔と涙がこぼれた。

それからしばらく…親友との再会に4人は抱き合い、笑い、そして泣いた。


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