スマートブレイン本社監視モニター室−そのひとつのモニターを通して州浜の“クーデター”を見ていた人物がいた。 BASTETの館林綾。 「…王など要らぬ、この私が王になってやる!」 そう高笑いする州浜を見る綾の両肩が震えた。 そのとたんオルフェノク(オーキッドマンティスオルフェノク− ランカマキリの特性を持つオルフェノク)へと変化し、手にした鎌状のブーメランを モニターに投げつけた。 粉々に粉砕するモニター群。 再びブーメランを手にすると、また人間の姿へと戻った。 「…許せない…!」 そうつぶやくと綾はモニター室を後にした。
「…というわけで、大幹部さんたちの言ってた件は取り止めとなりました。ざーんねん。」 スマートレディのその言葉に波原は少し肩を落としながら 「承知しました。」と応えた。 研究予算の拡大とライオトルーパー隊のBASTET特別隊の正式編成と活動。 それらの事項を黒幕たちは波原に約束したが、それを州浜が却下したのだ。 「まぁ、そうがっかりしないでください、波原所長。何かと予定が狂ってしまって…」 と後から州浜の声が聞こえ、波原はビクっと驚いた。 「呼び出し時に、私がいないことを確かめたそうですね、波原所長?」 そう言うと州浜は微笑んだ。 「いや、それは…」 しどろもどろになりながら、ハンカチを取り出し波原はあふれる汗をぬぐった。 その手が震えている。 「ようやく、ちゃんと挨拶ができます。新社長の州浜伊織です。」 そう左手を差し出し握手を求める州浜。 だが波原は震えた手をなかなか出さない。 半ば強引に波原の左手をつかむと州浜は握手した。手の震えが全身に移る。 それを見て州浜はニヤリと笑うと、波原の耳元に口を近づけ 「ご安心ください…私も立場をわきまえている。
今更、私怨で優秀な人材を切るようなことはしません…」とつぶやいた。 波原の顔から恐怖の色が消え少し安堵した表情になった。 州浜はその顔を見ながら 「しかし、あなたにモルモットにされたことはこれからも忘れませんよ。」と笑った。 「し、失礼します!」 そう言って頭を下げると波原は逃げるようにその場をあとにした。
BASTET研究所− 波原が自室である所長室に入ると、彼の椅子にリラックスした体勢で座り何やら資料を 読む館林綾の姿が目に映った。 「おかえりなさい」と波原の方を向かず綾が挨拶した。 波原は彼女が手にしている資料を見て驚いた。 「お前、それは!」 慌てる波原に向かって 「前から気になってたんですよ、鍵のかかった机の引き出しに何が入っているのか…
どうせ低俗なものでも入っているんだろうと思ってたんですけど
なかなか興味深いものがありました。」 そう言うと綾はニッコリと笑った。 「どうやって鍵を!?」 相変わらず慌てる波原に 「どうやって?って…私だってオルフェノクですよ、机の鍵くらい壊せますよ。」 といつものおっとりした感じで応える。 「やっぱり所長は州浜伊織をご存知だったんですね…
いつか彼を見て震える所長を目にして気になってたんですよ。」 そう言うと資料を机の上に置いた。 表紙には「州浜伊織・研究報告書」と書かれている。 「ずいぶん彼を実験体にして、いろんな研究をされたみたいですね?
そんな相手が社長だなんて…恐いことでしょうね。」 そう言うと綾は少し同情するような顔をした。 「うるさい!」 波原は震えながら声を荒げた。 「…ところで、本社の呼び出しは何だったんです?」と綾が話を変える。 「…研究予算拡大とBASTETライオトルーパー特別隊編成の取り止めを言われた。」 「御3人の大幹部の“死因”については?」 「…機械の故障によるものだということだ…」 その波原の言葉に綾はあきれたという顔をして 「所長はそれを鵜呑みにされるのですか?私ははっきり観たのですよ?」 と言ったが 「…本社の見解だ、仕方ない。
我々とてしょせんはスマートブレインの一社員に過ぎないのだ。
上の言うことは正しいと思うしかないのだ。」とつぶやいた。 「そうやって、ずっと州浜に怯えながら過ごすのですね?所長?」 と綾の表情は険しくなった。 「仕方ないだろ!あの男には逆らえない!
…だいたいお前こそ最近何をこそこそ動き回っている!?」 ここ最近所内を忙しくかけまわる綾を不審に思い波原はこの機会に話を切り出した。 「私はこそこそ動き回っているつもりはありませんが…ただ同志を集めていただけです。」 と綾はきっぱりと答えた。 「同志だと!?お前、まさか反乱でも起こす気か!?」 うわずった声でそう言う波原。 「反乱?反乱を起こしたのは州浜の方ですよ。
私はそんな“裏切り者”に対して粛清を与える仲間を募っているだけです。」 その言葉に波原は驚き 「お前は何を言ってるんだ!?あの資料を読んだんだろ!?あの男に敵わないことくらい…」 と途中まで言ったが、綾の尋常じゃない顔つきに言葉が止まった。 「大丈夫です…私たちにはバイオトルーパーという切り札があるのをお忘れですか?
エボリューション機能さえあれば、州浜など恐れるに足りません。」 と穏やかな表情に戻った綾が言う。「しかし、あれはまだ完全ではないはず…」と言う波原に、綾が首を横に振る。 「すでに完成しています…」 そう言うと奥の部屋へ続く扉を開けた。 中から7人の色とりどりのバイオトルーパーが出てきて、波原を取り囲んだ。 「まさか…」 驚愕する波原に、微笑みながら 「これからのBASTETの指揮は私がとらせてもらいます。いいですね、波原所長?」 と綾が言った。 「…わ、わかった。」 震えた声で波原が答える。綾は満足そうに頷いた。
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