このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください



<6-2・小さな恋>

その日も翼は住み込みで働く美容院のおつかいで、薬局で買い物をしていた。

メモ片手に商品を選ぶ翼の目に、辺りを気にしながらそっと服の中に商品を

忍び込ませようとした少女の姿が映った。

翼は店員の方を見て、彼女に気がついてないことを確認すると

とっさに少女の腕をつかみ商品を取り上げ手元のカゴに放り込んだ。

少女は観念したのか抵抗しなかった。

翼はそのままカゴと少女の腕を持ってレジまで行くとお金を支払い店を出た。

その間少女は全く逃げようとしなかった。

ただその顔に恐怖とも悲しみともつかぬ表情を浮かべていた。

少女の腕をひいたまま翼は小さな路地に入ると、そこで初めてその腕を放した。

そして商品の入った袋から彼女が盗もうとしていたものを取り出し、少女の目の前に差し出した。

それはオルフェノクの毒を中和する薬だった。

「はい、これ欲しかったんでしょ?」

そう翼は少女に言った。

その言葉に少女は驚いたような表情で顔をあげた。

「ほら」

翼はそう少女の腕をとると手のひらにそれを乗せた。

「でも…」

戸惑うように少女は言った。

「いいから、いいから。」

そう言うと翼はニッコリと微笑んだ。

「ありがとう…でも…」

少女の顔にはまだ少し怯えた感が残っている。

「あー、それなら気にしなくていいよ、俺そんなこと気にしてないから。」

翼の“そんなこと”が“人間である”ことだと少女はすぐに理解し、やっと怯える気持ちが和らいだ。

翼は少女の身なりや、商品を盗もうとしていたこと、その商品がオルフェノクの毒中和薬だったこと

から、直感的に彼女が人間であることに気付いたのである。

「また必要になったらここへ来て。俺が働いてる美容院なんだけど…」

そう言いながら翼は店の名刺を差し出す。

「そうそう、俺の名前は翼」

名刺を受け取った少女はそれを見ながら

「翼…くん…私は遥」

そう言うと顔をあげ笑った。

それから翼と遥は度々会うようになった。

遥は翼に何故薬局で薬を盗もうとしたのかを話した。

それはオルフェノクの毒による病に苦しむ母のためだった。


このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください