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<9-1・兄弟−その過去>


「巧—!!」

それを見ていた真理が走り出そうとした。

だが山上の腕が真理の腕を引き止めた。

「山上さん、巧が!巧が…」

真理はそう言いながら山上の顔を見てはっとした。

言葉こそないが今まで見たことのないほど険しい顔つきで戦場の方を睨んでいる。

真理は黙って山上の後へと戻った。

山上がゆっくりと歩き始めた。

「ずいぶんと大きくなったなぁ、哲哉。」

変化を解いた州浜は山上にそう笑いかけた。

山上は何も答えない。

「“兄弟喧嘩”にずいぶんと大勢の人物を巻き込んだものだな?」

続けて州浜が言った。

それを聞いて啓太郎たちは驚いた。

「山上さん、兄弟って…?」

福地が尋ねる。

「何だ、哲哉。お前は誰にも話してないのか?」

そう言うと州浜はニヤリと笑った。

「ああ…州浜伊織−山上伊織は俺の兄だ。」

立ち止まるとそう山上はみなに聞こえる声で言った。

啓太郎たちはその言葉に自分の耳を疑った。

「だが…俺はもうあんたのことを兄だとは思っていない。俺の兄はあの事故で死んだんだ。」

そう山上は州浜を睨みつけた。

「それは違うな、哲哉。俺はあの時生まれ変わったんだ。本当の俺に…
 今ならまだ許そう、哲哉。
 俺と手を組んでスマートブレインをもう一度立て直し、俺たちの“夢”を実現させよう。」

そう言うと州浜は笑いかけた。

「“夢”?ふざけるな、俺はあんたと夢なんて共有した覚えはない!」

山上が怒りにこもった声で言い放った。

「忘れたか、哲哉!?あの時俺がお前に話しただろう?」

そう言われて山上は過去の忌まわしい事件を思い出した。

 

始まりは伊織が14歳、哲哉が12歳の夏だった。

両親との夏休みを利用しての海外旅行

−彼らの乗った飛行機は悪天候と機器の整備不良という最悪の条件が重なり墜落

乗客・乗員全員死亡という惨事となった。

しかし奇跡的に彼ら兄弟だけは助かったのである。

当時マスコミは彼らのことを悲劇と奇跡の主人公として取り上げ

連日テレビや新聞などで報じられた。

だが、それも束の間彼らが帰国し、身元がなかったため施設にあずけられたころには

彼らは遠い過去の存在となっていた。

引っ込み思案の兄と活発な弟−

施設に入ってすぐに馴染んだ哲哉に対し、伊織は年齢的なものもあってか馴染めず

古株の子供たちにいじめられていた。

だが、そんなある日しつこいいじめに怒った伊織の顔にすじ模様が浮かぶのを皆が目撃し

それ以来誰も伊織に近づこうとはしなかった。

そしてその出来事を機に伊織の性格にも変化が見え始めた。

引っ込み思案の彼が一転し、凶暴な一面を見せるようになったのだ。

やがてその“顔のすじ模様”は哲哉にも発生することがわかった。

それを知った伊織はある夜、哲哉に彼の“夢”を話した。

「哲哉、俺たち兄弟はきっと選ばれた存在なんだ。
 こいつの名前はわからないが、もう一人の俺に変身したとき
 いつも心の声が俺に言うんだ
 《この力を望むように使え、誰も俺にはかないはしない》と。
 見てろ、哲哉。やがて俺はこの世界の全ての人間をひざまづかせ、世界を支配するんだ。
 その時は哲哉、世界は俺とお前のものだ。」

荒唐無稽な幼稚にも思える兄の“夢”。

だが哲哉自身も自分の中に居るもう一人の自分の強大な力を何となく知っていた。

それだけに兄の夢が荒唐無稽なものとして片付けられなかったのである。

「兄は近い将来、とんでもないことをするのではないか?」

間もなくその不安が的中した。

ささいな言い合いから発展した喧嘩の結果、伊織は相手の脚の骨を折るという事件を起こした。

日頃からの彼の振る舞いをたしなめ反省させる意味で、施設の職員は彼を一晩物置小屋に閉じ込めた。

しかしその夜−

「哲哉、起きろ、哲哉。お前は逃げろ。いいな、そこからすぐに逃げるんだ。」

その場にいない兄の声がすぐ近くで聞こえた。

不安を覚えた哲哉はすぐさま起き上がると、宿舎から離れた場所にある物置小屋へと急いだ。

そして物置小屋に着いたのとほぼ同時に背後の宿舎から炎があがった。

そして宿舎から次々と悲鳴があがった。

「兄の仕業だ…!」

哲哉の脳裏に変化した伊織が炎の中、児童や職員を次々と手にかけていく姿が浮かんだ。

「何とかしなきゃ…!」

そう思ったが脚がすくんで、哲哉はその場から動けなかった。

やがて灼熱の炎の熱さと煙にあてられ気を失いその場に倒れ込む哲哉。

その耳には悲鳴と伊織の笑い声がずっと聴こえていた。


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