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1.月夜


アメリカの大都市のひとつロサンゼルス−。

深夜12時過ぎ、スラム街の人気の無い路地裏。

しんと静まる空気の中、少年のすすり泣く声が聴こえている。

黒人の少年とそれを取り囲む大人の男たち−

黒い車のボンネットに腰掛け、タバコをくわえた白人の男は、ただでさえい凶悪な

人相にサングラスをかけ、高そうなブランドもののスーツに身を包んでいる。

その横には屈強で大きな黒人の黒スーツの男が腕を組んで立っている。

そして少年の前には二人のごろつきのような風体の白人男性が立ち

一人は少年の襟元を掴んでいる。

少年は力なく地面に座り込み、ただ嗚咽をあげ身を震わすだけであった。

「なぁ、ジェイ。どうしてお前が今そんな状況になっているのかわかるよな?」

ブランドスーツの男がそう言った。

ジェイと呼ばれた少年の顔に、雲間から差し込んだ満月の明かりが当たる。

その顔は何回も殴りつけられたようで、目の上は腫れ上がり、鼻や口からは血が流れ

彼の服もその赤に染まっていた。

「お前は、また俺の信頼を裏切った−。毎度のことだが…」

ブランドスーツの男はそう言うと咥えていたタバコを吐き捨てた。

「今までお前が何回、俺を裏切ったのか覚えているか?たしか−5回だったな…。
 しかも簡単な…薬をつめたカバンを運ぶだけの仕事をだ。覚えているよな?」

新しいタバコに火をつけながら男がそう言った。

「おら、ボスの言葉に返事しろよ!」

ジェイを掴んでいた男がまたジェイに拳を振り下ろした。

「こ…恐かったんだ…おまわりさんが前からやってきて…だから…」

震える微かな声でジェイは答えた。

「あのなぁ、ジェイ。
 お前はいつだってオマワリを見るとビビッて薬入りのカバンを川に投げ捨ててしまう。
 今頃やつらはバカ面で、お前が捨てた川の橋の下で俺たちが回収しに来るのを待ってるだろうぜ。
 もちろん、そんなへまはしないが。
 ガキのお前に薬の運び屋をさせているのは何のためか、前にも言ったよな?
 まさかポリもお前みたいなガキがそんなものを入れたカバンを持ってるなんて思いもしないだろうよ。」

そう言いながらブランドスーツの男はジェイの前まで歩いてくると、目の前にしゃがみ込んだ。

「こっちの倉庫からあっちの倉庫までカバンを運んで、そこにいるやつに渡すだけ。
 ややこしい挨拶やまして金の受け取りなんてことは必要ないし、命の心配もない。
 お前の仕事はな、犬でも仕込めばできるようなものだぜ?なぁそうだろ、ジェイ?」

そう言うと、男はタバコの煙をジェイの顔に吹きかけた。

「今日までお前のことを死んだ親父の遺言もあって面倒みてきた。
 愛人に産ませた腹違いとはいえ、お前のことを実の弟だと思ってかわいがってきた。
 だから失敗してもちょっとした“しつけ”で済ませてきたが、今日の仕事は違う。
 大口の、しかもがっぽり儲かる仕事だった。
 だがジェイ、お前のせいでそれもおじゃんだ。客の信頼も消えた。」

男は立ち上がると狭い空を見上げた。

「今日という今日はジェイ、お前を許すわけにはいかない。
 このままじゃ部下にも示しがつかない。悪いが今日でお別れだ。」

そう言うと男はきびすを返し、車に向かう。

屈強な黒人の男が後部座席のドアを開き、ブランドスーツの男が乗り込む。

「おい、後はお前たちに任せたぞ、ビルにドイス。」

「イエス、ボス」

ごろつき風の男二人がそう言うと頭を下げた。

やがて屈強な黒人の男の運転のもとボスは走り去った。

「お願い…見逃して…」

さっきより大きく震えながらジェイがビルとドイスに懇願した。

悲鳴にも似た泣き声で。

「ふざけるな、ジェイ。そんなことしたら、今度は俺たちの命が危なくなるだろうが」

「お願い、助けて!ぼ、僕もうこの街から出て遠くへ行くから!誰にもボスたちのこと言わないから!」

ビルの脚にしがみつき大声でジェイが叫ぶ。

「いいかげにしろ!!」

そういい捨てるとビルはジェイを蹴り飛ばした。

「あばよ、ジェイ。」

ビルがジェイに拳銃をかまえ、引き金を引こうとした。

その時−路地の影から一匹の大きな犬がビルに飛びかかった。

「チョコ!」

飛びかかったのはジェイがかわいがっていた雑種の大きな野良犬“チョコ”だった。

チョコはビルの左手首に噛み付き牙を突きたてている。

普段はおとなしい犬だが、自分のご主人様ともいうべきジェイの危機を感じ取ったかのようだった。

「このバカ犬がっ!」

ドイスが拳銃を取り出すとチョコの眉間に当てる。

それでもチョコはビルから離れない。

「や、やめて…!!」

ジェイが叫ぶと同時にドイスが引き金を引いた。

悲鳴と共にチョコはその場に倒れこんだ。

「うわーっ!!チョコー!!」

ジェイが狂ったように泣き叫ぶ。

だがビルはかまわず、かまれた左腕を脇に挟むと、右手に握った拳銃をジェイに向ける。

「テメーも同じとこに送ってやるよ…!うらむならテメーをうらめよ!」

その言葉と共に引き金を引いた。

乾いた二発の銃声が深夜のスラム街に響いた。

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