それから一月後− 「なぁ、聞いたかバルトの話…」 深夜のスラム街の路地裏を歩くドイスが、隣を歩くビルに訊ねた。 「ああっ?何の話だよ。」 チョコにかまれた左腕には未だに包帯が巻かれている。 傷は神経まで達していて、左手を自由に動かすことができないくらいのものだった。 「その…つまりよ、下水道ワニに殺されたって話をだよ。」 ドイスたちの組織の仲間、チンピラのバルトが3週間ほど前に行方不明になった。 仲間うちでは対抗する組織に殺られたのではという話だったが、ここ最近になって 妙な噂が流れていたのである。 それは年老いたホームレスの目撃談なのだが− ある夜バルトが下水道のマンホールに引きずり込まれるのをホームレスのじいさんが偶然に見かけた。 その引きずり込んだ相手、それは大きなワニのような生き物だったという話である。 それがニューヨークなどで伝わる“都市神話”の下水道ワニの仕業だという噂が 実しやかに流布しはじめたのである。 「何だ、そのクダラネー話かよ。お前そんなのを信じるのか?
どうせホームレスのじじいがどっかでかっぱらった酒で酔って見た幻覚か
それともただ単に頭の線が一本プッツンしちまってるかのどっちかだろうよ。
俺はそんなクダラナイ噂話は信じないね。」 ビルは昔からそういった話が大嫌いだった。 ドイスもそれを知っていたが、彼にはもうひとつ気になっていたことがあった。 「だけどよ…ジェイとチョコの死体も下水道にぶち込んだんだぜ?
あの後考えれば、処理場で発見されるんじゃないかって俺はヒヤヒヤしてたが…
結局一月経っても音沙汰なしだ。
ひょっとしてヤツらの死体もワニに喰われちまったんじゃないのか?」 本気でビビっているドイスの顔を見たビルは、思わずふき出した。 「お前本気か?バカじゃねーの?」 大笑いするビルだったが、ドイスのビビった顔がさっきより引きつり 一点を見つめているのに気付き笑うのを止めた。そしてその視線を追う。 そこには一人の少年が立っていた。 「何だガキかよ。ガキはよ、とっとうちへ帰って…」 そう言いかけたビルの顔もかたまった。 ちょうど雲間から差し込んだ満月の明かりが少年の顔を照らし出した。 黒人の少年−それはジェイだった。 「わっ、わっ、ユーレイだ!出やがった!」 ドイスがビビった声で叫んだ。 「バカヤロウ!よく見ろよ、脚がある。
よくわからんが、きっと撃ちどころが“よく”て助かったんだよ。そうだ間違いねー」 ビルがドイスにというより、自分に言い聞かすようにそう言った。 「今度こそきっちりあの世に送ってやっからよ。」 そう言うとビルは拳銃を取り出し構えた。 ジェイはそれに対し何の反応も示さず、ただ憎悪の色をした目で二人を睨みつけていた。 「テメー…死ね!」 一瞬その目にすくみながらも、ビルは引き金を引いた。 パン!パン!パン!…3発の銃声が響く。 だが− 「ウオーーーーっ!」 ジェイが地面を揺るがすような声で叫んだ。 その声は人間の、少年の声とは思えなかった。 ジェイの目前で3発の銃弾が止まっているのをビルとドイスは見た。 まるで時が止まったかのようだった。 次の瞬間、ジェイの顔にすじ模様が浮かび、その華奢な体からは想像もできない 巨体の灰色の化物−ワニに似た姿に変化した。 「わっ、わっ、こ、こいつだったんだ!バルトを殺った下水道ワニってのは…!」 半狂乱の声でドイスが叫ぶ。 「この化物がっ!」 ビルは弾切れになるまでジェイを撃った。 だがその全てを撥ね落とし、ジェイはビルの首をつかみあげた。 嫌な音ともにビルが動かなくなり、どさっと放されたその首はまるで畑に置き去りに されたカカシのように変な方向に曲がっていた。 「ひーっ!!」 それを見てドイスはその場にへたり込んだ。 もはやガタガタ震えるだけ−そうあの日のジェイのように彼は怯え震えるだけの存在となっていた。 だがあの日の二人がそうしたように、ジェイは何の迷いもなくドイスもビルと同じ運命を辿らせた。 やがて闇夜に消えていくジェイの後で二人の死体が灰となり消え去った。
そしてそれから間もなく− ジェイがかつて所属していた組織のボスをはじめ構成員のことごとくが謎の失踪を遂げた−。
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