「残念ながら…お腹の中の赤ちゃんはもう…」
そう言うと医師は口をつぐんだ。 その言葉に北崎優子は泣き崩れた。 「そ…そんな…。」 北崎寛人は愕然としながらも、側の妻の体を支え、涙をこらえた。 結婚してから15年−待ち望んだ初めての子供だったのである。 いくつもの病院を回り色々な治療を受け、ようやく授かった大切な命だったのに…。 「ともかく…お腹の中の赤ん坊をそのままにしていては母体にもよくありません。
すぐにでも手術をお受けください。」 間もなく−寛人に説得された優子の身体から亡くなった赤ん坊の摘出手術が行われることとなった。 それは夫婦にとってとてつもなく辛いことだった。 しかし−奇跡が起こったのである。 摘出された赤ん坊が元気な産声をあげたのである。 「信じられない…考えられる原因としては、首に巻きついたへその緒が赤ん坊を
仮死状態にしていたんでしょう…ただそれでも、これは奇跡としか言い様がない!」 医師がそう驚きと喜びの声で言った。 悲しみの底にいた夫婦も赤ん坊が無事だったことを心から喜び、神様からの贈り物だと感謝した。 北崎夫婦の間に待望の元気な男の子が産まれた瞬間− だがそのとき誰もこの子の眼が灰色の光を放ったことに気付かなかった。
やがて二人はその子に“優人”と名付けた。 父・寛人から人の字、母・優子から優の字を取り名付けた名前だが それには 「誰からも優しく愛される子になるように
そして誰に対しても優しい子になりますように」 という想いが込められていた。 優人は大病などすることなく、元気にすくすくと育った。 中性的な可愛らしい顔と、人懐っこい性格の彼は出会う人全てに愛された。 だが、母・優子には自分の子供が他の子供と少し違う部分があることを気にしていた。 それは物をよく無くすことである。 小さい子供ならたいてい玩具などすぐ無くす。 そして忘れた頃に見つかるものである。 しかし優人の場合は無くした物が見つかることは全く無かったのだ。 そして、物を無くしたときは決まって泣きながら 「手の中で消えちゃった」と言うのだ。 ある日、優子はそう泣きじゃくる優人の掌を見たことがある。 その掌は灰だらけで汚れていた。 優子はそのことを寛人に相談したが 「はは、君はからかわれているんだよ。手が汚れていたってことは庭にでも隠したんじゃないか?」 と言い、気にすることじゃないと言い 「ほら、子供のころよく宝物だって玩具を隠したりしただろ?あれさ」と笑うだけだった。 だが、手の灰のことは優人が通う幼稚園の先生からも言われたことがあった。 「優人くん、よく玩具を無くしてしまうんです。
本人に聞いたら泣いて“手の中で消えちゃった”と言って…」 また彼が他の子供とケンカをすると、決まってその後、相手の子供は怯えて優人に近づかないという。 中には幼稚園に来たがらない子供もいるのだと言われ、優子は困惑した。
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