それは冴子が最後の15人目をテストし終えた日の午後だった。
15人目はバット・オルフェノク− コウモリの特性を持つオルフェノク−に変化する男で強力な二丁拳銃を使うオルフェノクだった。 動きも素早く、間合いをつめて接近戦に持ち込んだ後も、格闘術に長けたその男との闘いに 冴子は苦戦を強いられた。 しかし最後は得意のサーベルの連続の突きを決め、あえなくバット・オルフェノクも敗北を認めたのだった。 “これで全ての候補をテストしたことになる” 決まったのは2人だけ。ラッキークローバーにはあと1枚足りない。 「最後の彼でもよかったかしら…」 少し自分のハードルが高すぎたのかもしれない。 たとえ冴子に敗れたとしても、バット・オルフェノクの実力は並のオルフェノクとは比べ物にならない。 そんなことを考えている時だった。 「泥棒—!!」 冴子の後で女性の悲鳴があがると共にけたたましい単車の音が近づいてきた。 振り返る冴子。 目前に若い男が二人乗りした単車が走ってくるのが見えた。 冴子はとっさにそれを避け、後から睨みつけた。 「許せない…!」 “か弱い女性から物を盗るなんて最低なヤツラね” そういう感情が心の中で起こる。 それがひどく人間的な感情であることを彼女はあまり自覚しなかった。 冴子は走って単車を追いかけ始めた。 人通りが多いため、オルフェノクに変化することはできない。 だが幸い男たちは彼女の気持ちを知ってか知らずか 人通りの少ない道へ入りやがて狭い路地裏へと入っていく。 冴子も少しオルフェノクの力を引き出し− 彼女は人間の姿のままオルフェノクの力を引き出せるようになっていた−後を追う。 男たちが入った路地裏。 彼らの目の前から一人の少年がゆっくり歩いてきた。 「おい!邪魔だ、どけ!」 「ひき殺されてぇのか!」 単車の男が怒声をあげる。 だが少年は相変わらず避けようともせず単車に向かって歩いている。 ぶつかる−そう思われた瞬間信じられないことが起こった。 少年の目の前で単車と、それを運転していた男が姿を消したのだ。 そして後の男はその場にしりもちをつき、さっき盗ったカバンは冴子の足下へと転がった。 冴子はそれを気にもとめず、ただ目の前の光景に唖然とした。 姿を消した単車と男。 正しく言えばそれらは少年に触れた瞬間、灰となりその場に崩れ去ったのだ。 “物体の灰化” それはオルフェノクの専売特許である。 しかしあくまでそれは、彼らに殺された人間が灰となることと、彼ら自身が死をむかえるときである。 その場のものを灰と化す能力など、冴子は今まで聞いたこともなかった。 「や、やろう、何をした!?」 しりもちをついた男が少年に怒鳴った。 だが少年は何も言わず、男をじっと見つめ少し楽しそうに笑っているだけである。 「このやろう!」 もはや半狂乱の男はポケットからナイフを取り出すと少年めがけて振り下ろした。 少年はそれを避けると男の手をつかみ、ねじあげた。 「危ないなぁ…」 少年がそう言ったとたん、つかんでいた男の手から灰がこぼれ落ちあっという間に その全身も灰と化し崩れ去った。 それを見届けると満足そうな笑みを浮かべ、少年は冴子のすぐ脇を通り抜け去っていった。 冴子はあまりの出来事にただ立ち尽くすことしかできなかった。 やがて先ほどカバンを盗まれた女性が追いつき、冴子に礼を言った。 てっきり冴子が取り返してくれたのだと思ったのだ。 「私じゃないわ。」 冴子はそう言い残すと、早足で少年の後を追いかけ始めた。
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