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8.オルフェノクという存在


「何故、あなたがあの場所に…?」

スマートブレインの所有する病院—その中でも広大な部屋には整然と数多くのベッドが並べられている。

そのひとつ、華菜絵が寝かされたベッドの側で村上は目の前の花形に尋ねた。

「君と一緒に川淵たちを調べていた石野くんだが、実は彼は我々スマートブレインの優秀な社員でね。
 君を通して今回のことを調べさせていたのだよ。」

つまり石野は村上と同じく本社の公安内部監査員であると同時に、スマートブレインの企業スパイでも

あったのだ。

「君は川淵たちが何を研究していたのか知っているかね?」

花形はそう言うと、先ほどまで見ていた書類を横のテーブルに置いた。

その書類は元々川淵が所持していたカバンに入っていたものである。

「さぁ…?そこまでは…」

村上は首を横にふった。

「川淵たちは我々オルフェノクを研究して、“不老不死”の薬を造りだそうとしていた。
 そのためにサンプルと称して、幾人ものオルフェノクを実験台に使っていた…。
 今、我々のことが目的はどうであれ、社会にその“存在”が知れ渡ることは避けなければならない。
 そのために今回の件に携わった者にはことごとく消えてもらったのだ。」

そう言う花形の目は冷静だが、奥底に何か冷たいものを感じさせた。

「教えてください、オルフェノクというのは…」

そう村上が言いかけたとき、華菜絵のまぶたが動いた。

「華菜絵!」

村上は思わず名前を叫び、駆け寄ろうとした。

「いや!」

華菜絵の悲鳴に村上は立ち尽くした。

「…鬼塚さん?」

「…ごめんなさい…村上くん…ごめん…」

全身をガタガタと震わせ、華菜絵は泣きはじめた。

その光景を眺めていた花形は部屋の入口に立っていた二人の職員に手で合図を送った。

職員は華菜絵のもとへやってくると、優しくその体を支え、やがて入口から出て行った。

村上は花形の顔を見た。

「安心したまえ、彼女の命まで奪わない。
 彼女にはしばらくここに入院してもらって、治療を受けてもらうつもりだ。」

花形は村上を察してか優しい声で言った。

「治療?」

「彼女には今回の件については忘れてもらう。記憶操作でね…そして君のことも。
 その方が彼女のためでもあるし、君のためでもある。」

花形の言葉に村上はしばらくうつむき、黙り込んだ。

だがしばらくするとその口を開いた。

「今さっきの話ですが…我々オルフェノクとは何なんですか?」

「うむ…まずは何から話せばいいものか…。オルフェノクとはいわば人類の進化形なのだよ。
 一度死を経験した者がオルフェノクへと進化する。
 もちろん人類の全てがそうなるというわけではない。
 ごく一部の者がオルフェノクへと進化するのだ。
 もっとも、まだその理由はわかっていないがね。
 私は何か素質というか、そういった因子があるのではないかと考えている。
 また、オルフェノクによって殺された者がオルフェノクへと進化することがある。
 “使徒再生”と呼んでいるが、我々オルフェノクは本能的に仲間を増やすために、人を殺す行動を取る。
 君にもそういった衝動があるはずだ…。」

村上はその言葉に少し動揺したが、朝のラッシュ時などに周囲の人間を全て消し去りたいという

暗い衝動が心に浮かぶことを妙に納得した。

花形はベッド側の折りたたみ椅子に腰をかけ、村上にも腰かけるようすすめた。

村上が華菜絵の温もりが残るベッドに腰をかけると、花形は話を続けた。

「今から10年前の話だが…エジプトの砂漠で小さなピラミッドが見つかった。
 いつ造られたのかもわからないそのピラミッドは、ピラミッドと呼ぶにはあまりにも
 粗末で小さかったため、学者たちは練習用に作ったピラミッドか、もしくはただ材料を
 積み重ねていたものくらいにしか考えなかった。
 だが、我々が調べてみると驚くべき発見があったのだ。」

「発見?」

「ピラミッドの中には多くの壁画と古代文字が残されていた。
 それは我々オルフェノクのひとつのルーツを示すものだった。
 それは紀元前5000年、ひとつの部族で恐らく世界で初めてのオルフェノクが現れたというものだった。
 やがて部族の大多数がオルフェノクとなり、栄えた。
 だがその繁栄も束の間、彼らの多くが突如灰と化し消え去りはじめた。
 進化の速度に体が対応しきれなかったのが原因だったらしい。
 そんな中、一人の少年が覚醒したオルフェノクが自らを“王”と呼び、こう予言した。
 『汝ら100の犠牲の後、我は完全に目覚め汝らに永遠の生命を約束するだろう』
 果たしてその予言どおり、王は次々とオルフェノクを捕食しはじめた。
 喜んでその身をささげる者、王に歯向かい倒される者、偶然王に出会った者…
 様々ではあったが、確実に部族の犠牲は増えていった。
 最初は王の言葉を信じていた彼らだったが、やがて一部で予言を疑う者が現れはじめた。
 その疑いは瞬く間に部族全体に広がり、王を排除しようという闘いが起こった。
 それによりまた多くの犠牲が出たが、王は倒され部族の犠牲も無くなった。
 だが、それから間もなく部族は破滅の運命を辿り消滅した。
 ピラミッドはそんな彼らが最後に自分たちの行動を嘆き、王を祭るために造ったものだったのだ。
 もし、彼らが王を排除することなく、その力を授かっていれば恐らく今の世界は彼ら部族が支配する
 ものだっただろう。」

「…」

村上はただただ花形の話に耳を傾けるだけだった。

「私は我々オルフェノクという存在と、我々の運命を知ったのだ。
 そして、その時から私はスマートブレインの持てる“力”を使い“オルフェノクの王”を捜すことと
 これを完成させることに心血を注ぎ始めた。」

花形は脇のテーブルから書類—それは花形がここに持ち込んだものだった−を村上に手渡した。

手渡された分厚い書類の表紙には「ライダーズギアプロジェクト」と銘打たれている。

そして中身をめくってみると、数式や文章など共にベルトのような装置の図と、それを装着することで

“変身”できるというデルタの強化スーツの細かいイラストが掲載されていた。

「これは?」

村上にはそれが何かイマイチ理解できなかった。

「装着者の闘争本能を引き出す戦闘用強化スーツだ。
 我々はそれをデルタ・ギアと呼んでいる。
 あともうふたつ、ファイズ・ギアとカイザ・ギアを造る予定だ。
 そして、その3つのライダーズギアはオルフェノクの王を守るためのものだ。」

花形の言葉を受け村上は少し納得したように頷いた。

「なるほど…ということは、あなたはオルフェノクの王を覚醒させ、世界をオルフェノクの支配する
 世界にしようとしているわけですね?」

村上はそう尋ねた。

「初めはそう思っていた…だが正直、今は…そう、“答え”を捜しているところかな?」

花形はそう言うと少し苦笑した。

「答えを捜す?どういうことですか?」

村上はわからないという顔で訊ねた。

「君は知らないと思うだろうが…かつて私はスマートブレインの資金を使って
 両親を事故等で亡くし身寄りのない子供たちのために施設を造った。
 “流星塾”と名前をつけてね。
 当時は少しマスコミで騒がれた。企業がそういうことをすると“売名行為”だとか言われてね。
 “何か企みがあるのでは?”とまで言われたこともあった。
 だが、たしかにそれは当たっていた。
 “オルフェノクの王”はやはり事故で両親を亡くし、自身もその事故で九死に一生を得た少年が
 変化したものだとピラミッドには残されていた。
 私はそれを信じて、流星塾に同じ境遇の子供たちを集めたのだ。
 その中から“オルフェノクの王”が誕生するのではないかと思ってね。」

花形はそう話すと、穏やかな顔で何か懐かしいものを見るような目つきになった。

「だが…子供たちの無邪気な笑顔を見るにつれ私の中のそういった考えは薄れていった。
 辛い境遇にありながら、それを悲観せず、彼らは互いに助け合い、何より笑顔で毎日を送っていた。
 そんな彼らの“未来”を思うと私は今までの考えが間違っていたのではないかと思わずにいられないのだ。」

そう言うと花形は静かに目を閉じた。

瞼の裏にはたくさんの子供たちの笑顔が浮かぶ。

特に“園田真理”のそれは一際輝いていた。

村上には花形が、先ほど高垣の邸宅において平気で人間を殺していた人物とは全く別な人物に見えた。

「…甘い。…花形さんは間違っています!」

村上は苛立ったようにそう言葉を吐いた。

「この私が甘い?」

花形は目を開き、村上を見つめ尋ねた。

「オルフェノクが人類の進化形ならば、我々オルフェノクが人間に代わり世界を支配するのが
 当然のことではないですか!?

興奮気味に村上は言った。

「何を激昂している?
 君は…尊敬する上司に裏切られ、愛する女性に拒絶されたから、そういうことを言うのかね?」

興奮した村上とは対照的に花形は静かにそう尋ねた。

だが語気には強いものがうかがえる。

「…それもあります。
 だがしかし、私は今まで様々な人間の醜い部分や、嫌な部分を見てきました。
 ほとんどの人間は自分のことしか考えていない。
 そんなやつらに未来などありはしない。
 その証拠に彼らは未だに争いを繰り返し、歴史をくりかえしているではありませんか!?

村上は花形を睨むような目で見た。

「なるほど…ならば君は彼女を殺すことができるのかね?」

花形はそう言うと華菜絵が出て行った扉を指差した。

「それは…今はできませんが…
 でも、それが我々オルフェノクの為すべき運命だというのなら…いずれは迷わずできるでしょう。」

少し興奮の度合いが下がったものの、やはり語気の強い言葉で村上は言った。

「ふむ…いずれは互いに道を別つことになるかもしれないな…
 だが、同じ目的を持った者同士、その達成のために協力してくれるかね?」

そう言うと花形は右手を差し出した。

「ええ、もちろんです…。」

村上はそう言うと左手を差し出し、花形と握手を交わした。

村上はこのときの握手を決して忘れはしなかった。

花形と道を別った後も…


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