このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

 



3.来訪者


それ以来、冴子は一日家にこもり、たまに必要最小限の買い物のための外出くらいしかしなくなった。

実家の両親が心配して彼女の家に訪ねてはくるものの、会社の同僚などは来なかったし

冴子自身も同僚や友人と連絡をとるのが恐くなっていた。

「自分は本当にオルフェノクというものになったのか?」

そういった考えが頭をもたげる度に

「いや、自分は人間だ。今は疲れているだけなんだ。」

と考え直した。

そんなある日、彼女のワンルームマンションを訪ねてきた人物がいた。

会社の屋上で出会ったスマートレディだった。

「お久しぶりです、影山冴子さん。
 また会社の方休まれて、家に閉じこもっていると聞いたので心配でやってきました。」

そう言うとにっこり笑い片手に下げた紙袋を冴子に差し出した。

「これ、代官山でと〜っても、人気でいつもすぐ売り切れちゃうスイーツ屋さんの
 一番人気のケーキなんですよ♪
 私、冴子さんと一緒に食べたくて朝の6時から並んじゃいました。もちろん一番でしたけどね♪」

そう言うとスマートレディ無邪気な顔で笑う。

だがそのどこかが嘘っぽい演技風な感じがすることを冴子は感じ警戒した。

それに…

「あなた、まさかずっとそのカッコなの?
 ひょっとして今朝もそのカッコで並んでたんじゃないでしょうね?」

そうスマートレディはブルーのタイトなスーツ−スマートレディのおきまりのファッションで

冴子を訪ねてきたのである。

「はい♪だって、私はスマートブレインの顔ですものん♪」

そう言うとまたスマートレディはにっこり微笑んだ。

あきれた女ね…と思いながらいつのまにか冴子はスマートレディを部屋にあげ、コーヒーまで出していた。

「ところで冴子さん、“オルフェノク”として生きていくことを決心してくれましたか?」

コーヒーカップを口からはずしながらスマートレディは訊ねた。

「言ったはずでしょ?私は人間だって…だいたいそんな話信じないとも言ったわ。」

冴子は目の前のスマートレディを見ながら言い返した。

「本当にそうかしら?」

スマートレディは上目遣いで、手元のケーキをフォークで切りながら言葉を返した。

「誰でも最初は信じないものです…
 けど私の役目はそういったかわいそうなオルフェノクさんたちを助けて立派なオルフェノクにすること…。
 もちろん、あなたもですよ、冴子さん。」

「だから、私は人間だって言ってるじゃない!」

冴子がヒステリックに声を荒げた。

「そうですか…ですが、冴子さん、あなたがそういつまでも意地を張っていると
 私たちはあなたのことを“裏切り者”として処断しなくてはならなくなります。」

そう言うとスマートレディは冷静な顔つきで冴子を見つめた。

「“裏切り者”ですって?わけが解らないわ!
 だいたいオルフェノクだとか、人間だとかそういったことを決めるのは本人の自由でしょ!?

「冴子さん、オルフェノクにはとても大事なお仕事があるのです。
 それをしない者は裏切り者としてのレッテルを貼られることになりますよ。」

「大事な仕事?何よ、大事な仕事って…!?

「オルフェノクは人を襲うことで、その人をオルフェノクにすることができる…
 まぁ、必ずではなく大多数がオルフェノクになれずにそのまま命を落としますが…。
 つまりオルフェノクの仕事というのは人間を襲い殺し、仲間を増やすことです。
 あなたにもそれをする義務があるのです、冴子さん。」

冴子はその言葉に驚き、スマートレディを見つめた。

“オルフェノク”だとか、人を殺すのが仕事だとか常識では考えられないことをさらりと言う。

それは彼女個人の見解なのだろうか?

それとも、彼女が所属するスマートブレインの見解なのか?

もしそうなのだとしたら、スマートブレインとはいったいどんな会社なのか?

日本ではトップクラス、世界中でも急成長で巨大化していく複合企業スマートブレイン社には

たしかに謎の部分が多い。

その巨大な謎の一端に自分が引き込まれていくような気がして、冴子は少し恐くなった。

「あなたにもあるはずですよ、冴子さん。人を殺したいと思う衝動が…」

スマートレディのその言葉に冴子はドキリとした。

たしかに時々心の奥底で、自分のことを悪く言う者たちを消し去りたいという衝動が起こることが

あったからだ。

しかし冴子はそれをただ心が疲れているだけだと抑えこんでいた。

「そんなこと…あるわけないじゃない。」

冷静を装った冴子の言葉だが、やはりどこか動揺の色が感じられた。

「自分に素直になっていいんですよ、冴子さん。
 それがオルフェノクとしての当然の感情なのですから…。抑えこまずに本能に従うのです。」

そう言うとスマートレディは冴子を見透かすようにニヤリと笑った。

「いい加減にして!あなたと話していると頭がおかしくなりそうだわ!もう帰って!」

冴子は立ち上がり怒りの表情でスマートレディに言い放った。

その顔にすじ模様が浮かんだことに本人は気付かなかった。

「わかりました。本日はこれで失礼します。
 あっ、余ったケーキはまた後ででも召し上がってくださいね♪」

そう言うとスマートレディはにっこりと笑うと小さくおじぎして、玄関へと歩いていく。

「二度と私の前に現れないで!」

冴子は出ていくスマートレディの背中に言葉をぶつけた。

しかしスマートレディは扉の隙間から少し顔をのぞかせ、満面の笑みで“バイバイ”と手を振った。

静けさが戻った部屋で冴子はやり場のない苛立ちを抑えようと

しばらく部屋の中を行ったり来たりしていた。

「ふざけないでよ!私は人間なのよ!オルフェノクなんてものになるわけないじゃない!」

そう言いながらふと鏡台に映った自分の顔にぎょっとした。

苛立った顔に何か黒いすじ模様が浮かんでいたからだった。

「いやーーーー!!」

絶叫とともに冴子は気を失った。


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