口元には微笑みを浮かべているが、いつもの彼女のそれとは違っていた。
「あっ、冴子さん、どうも…」 阿部がそう言うと4人が顔を合わせて少し可笑しそうに笑った。 「何が可笑しいの?そう…そういえば私に恨みがあったのよねぇ…
満足かしら、私のこと弄んで、あんな噂話まで流して…
どうせ馬鹿な女だって思っているんでしょ?」 そう言いながらも冴子は微笑みを消さなかった。 「何の話かな?なぁ?」 そう言うとまた阿部が3人を見る。 相変わらず4人ともニヤニヤと笑っている。 「聞いていたのよ、店内でのあなたたちの会話。
研修会のときに私に注意されたことを恨んで、4人で賭けをしたんでしょ?
誰の時点で思い出すかってゲームかしら?
悔しいけど私は思い出しもしなかったわ。
そして最後の仕上げに会社中に私の噂話を流して、恥をかかせる…
あなたたちの思惑通りにことは進んだわけね…。」 微笑みながら冴子は続けた。 だが、そのころには阿部たちは怪訝そうな顔をしていた。 「へぇ〜…冴子さん、この店にホントーに居たの?気付かなかったけどなぁ?」 そう言うと牛島は他の3人を見た。 誰も“知らなかった”と首を振った。 「本当よ。カウンターにね…嘘だと思うならマスターに聞いてみたら?」 “カウンター”と聞いて4人はますます怪訝な表情になった。 「俺たちは店の一番奥のテーブルに居たんだぜ?
カウンターから俺たちの話し声が聞こえるわけないだろ?
ひょっとしてスッゲー地獄耳だとか?」 西山はそう言うとくすくす笑った。 だが内心は本当に自分たちの話が聞かれていたのではないか もしくは誰か知ってる人間がいて、彼女に告げ口したのではないか? と思いを張り巡らせていた。 「えぇ、私、とても地獄耳なの。何故かあの事故以来ね…。」 そう言うと冴子は山岸にチラッと流し目を送った。 その口元は微笑んでいるが、目には怒りを浮かべている。 それを感じ取り、山岸はすぐさま目線をそらした。 「この“能力”を“オルフェノク”って言うらしいの。
それに私はあの事故で目覚めてしまったらしいの。
おかげで事故の後会社に行ったときはとても苦しんだわ。
どこ行っても私の噂話をしてる人間ばかりだったから…。」 「あんたさぁ、頭おかしくなったんじゃないの?」 冴子の話を聞いて、阿部が言った。 「そう…?けど頭がおかしいのはあなた達の方でしょ…」 冴子は阿部の目を見ながら微笑んだ。 阿部はその目にぎょっとした。 冴子の瞳が一瞬だが灰色の光を放ったのである。 「けど…感謝してるわ。あなた達のおかげでようやく“苦しみ”から解放されるから…
ようやく決心できたから…お礼を言うわ、ありがとう。」 そう言ったとたん冴子の顔から微笑みが消え、黒いすじ模様が浮かんだ。 次の瞬間—阿部たち4人はとてつもない寒気と共に信じられない光景を目の当たりにした。 冴子の姿が海老…ロブスターを思わせる灰色の鎧の化物に変化したのだ。 「あっ、あっ」 冴子の前に立っていた阿部は言葉を発することもできず、その場に立ち尽くした。 驚きとも恐怖ともわからぬ感覚が全身を支配していた。 その阿部の首を掴むと、冴子は手にしたサーベルで阿部の胸を一突きにした。 阿部の体内で、彼の心臓が青白い炎をあげて消え去った。 阿部の体が力なく地面に転がる。 「こ、このーっ!」 牛島が手にした通勤鞄として使用しているジュラルミン製のアタッシュケースを冴子に打ちつけた。 だが微動だにせず、冴子は牛島の首を掴むと軽々と持ち上げた。 そして阿部と同様にその胸をサーベルで一突きにした。 バタつかせた脚の動きが止まった牛島の体がその場に放り捨てられる。 「わっ、わっ、助けてくれー!!」 叫びながら西山はその場を逃げ出した。 しかし酒の酔いの影響もあり、脚をもつらせて転倒した。 冴子はゆっくりと近づくと西山の前に立ちはだかった。 「嫌だ、嫌だ、死にたくない!」 ぶるぶる震えながら、西山は冴子の脚にしがみついた。 命乞いのつもりらしかった。 「往生際の悪い男ねぇ…」 ロブスターオルフェノクの延びた影に映る冴子の顔がそう呟くとクスクス笑った。 そして次にはサーベルを振り上げ、背中から西山の心臓を刺し貫いた。
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