このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください |
梅は咲いたか−JR奈良線漫歩 奈良と京都を結ぶ「みやこ路快速」が走るJR奈良線は、木津−京都間34.7kmを結ぶ路線。1984年10月に電化されるまでは、ディーゼルカーがごとごと走るひなびた路線だったけれど、城陽、長池あたりまでは宅地化が進み新興住宅が建ち並んでいる。 奈良線は1896(明治29)年に全通している。この路線には天井川をくぐるトンネルがいくつかあるが、それが煉瓦巻きだったり、電車のためにかさ上げされたホームの下部に煉瓦積みが残っていたで歴史を感じる。駅舎のなかには、建て替えられたり、外壁が改修されたりもしているが、小さな駅舎に昔の意匠が残っている。 ![]() 町のなかほどに郵便局があった。いまの局舎の横に古い建物が残っていた。むくり屋根のポーチがあって、その端っこに載っている棟瓦には〒マークがついていた。昔の局舎にちがいない。 |
![]() 観梅には少し早いか、でも、京都から馴染みの綺麗どころを引き連れて梅見にきてた、のかもなんて、小さな石柱の記述から、いろいろ想像がふくらみますね。 |
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![]() デレーケは、明治時代に来日したお雇い外国人のひとり。とりわけ治水関係に功績のあった人で、日本各地に業績が残っているようだ。この園内に多くの堰堤が残されているのだが、いまひとつ近代土木遺産という重みが感じられなかった。公園として整備されたせいかな。 |
![]() クリーム色の外装で、図書館などが納まる西側、大ホールが納まる東側が四角を寄せ集めたような形で、中央部のプラネタリウムの納まる部分とガラス張りのアトリウムと頂部を欠いた円錐型がくっついている。 形の組合せとしては、ありふれた公共施設から抜けた感じを受けるし、斜路で上まで上がれる構造とか、工夫がなされている。複合施設として機能的には、オーソドックスな感じもするが、北側の掘りこまれた水上ステージなど、建物と一体として利用できる施設になっているのは、よく考えられた結果なのだろう。 関西文化学術研究都市(関西学研都市) 関西学研都市は、京都府、大阪府、奈良県にまたがる地域−けいはんな、で、その名のとおり文化、学術、研究を促進する基盤として都市計画がなされた進行中の巨大プロジェクトである。広大な敷地をいくつかの地域に分散してあるそうだが、これから向かうのは祝園駅から精華大通りという広い道路が通じている精華地区である。この道路沿いに企業などの研究所がいくつも設けられている。 ![]() とくに、小学生、中学生に、日常行われているいろいろな仕事の実態を紹介しようというもので、将来のやりがいある仕事の発見に結びつけてもらおう、というねらいがある。多くの人たちが、サラリーマンやっている今の世の中、仕事の中身は、なかなか見えない。そいうったことにスポットをあてて紹介、あるいは体験できるという施設は、いままでなかったと思うので、おもしろい試みだと思う。 訪れたのは土曜日であったが、中学生の団体とか小学生を連れた家族連れなどけつこう賑わっていた。でも、ここを見学した小中学生は、どう感じているのだろうね。 この向かいには、けいはんな記念公園がある。精華大通りを西に向かうと、広大な空き地が広がっている。日用品の量販店があったのには、場違いな感じがした。そして、1kmほど行くと、国立国会図書館関西館があるのだが、その前には、ファミレスなど飲食店が並んでいる。 量販店とか飲食店があること自体悪いことと思わないのだが、ほかの場所と同じ、ふつうのロードサイドショップと同じ雰囲気で出店させるのはどうかと思う。せっかく、新しい町並みを作ったのだから、都市景観デザイン上でのくふうがほしいところだ。 ![]() さらに西に行くと、学研都市展示館の案内が出ていたので立ち寄ると、建物は別の用途に使われ、展示館はすでに閉鎖されていた。閉鎖されたのなら、早々に案内標識を撤去しろ、といいたい。 けいはんなプラザがある。ホテルとか住友ホールという劇場も付属するこの地区の中核施設。向かいには、国際電気通信基礎技術研究所とか、ホテルの並びには、松下、京セラ、CSKの大川センターなどの研究所がある。住友金属もあったはずだけど・・・。 研究施設が建つ近くに住宅街が迫っているけれど、研究所の広い敷地に比べて、敷地目一杯建てたって印象で、バランスよくないな、と思える。 ![]() |
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