このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください |
関西急行電気鉄道モハ1形3等電動制御車です。大軌、参急グループと伊勢電鉄は伊勢路の覇権争いを繰り返しており、伊勢電は名古屋進出を目論み、資金を集めましたが経営破綻、大軌、参急グループに吸収合併し競争は終息しました。大軌、参急グループは名古屋進出に際し関西急行電鉄を立ち上げ、名古屋〜桑名間の免許を得て、突貫工事で開通させました。開通時に製造されたのが、モハ1形3等電動制御車です。当時伊勢電線内は四日市の善光寺カーブを初めとする急カーブが多数存在し、参急並の大型車が通過できないため、17m級の中型車とすることとなり、車体長17000mm、車体幅2700mmのモハ1形となりました。形状は伊勢電の車輌と同様に正面は雨樋は緩い曲線を描き、軽い曲線のスマートなデザインで、室内は扉間はシートピッチ900mmの転換クロスシート、車端部はシートピッチ1800mmの固定クロスシートとなり、単行運転も想定されるため、デ2200形と同様に片側の運転台の半室が便所となり、正面の窓は省略されたスタイルとなっています。通常は同系のクハ101形と2両で運転され、多客時にはモハが増結されました。戦時体制となり関急と近鉄が戦時合併して近畿日本鉄道となったときに、形式変更されモ6301形になりました。戦後すぐに名阪特急が設定され、名古屋線は本形式が担当することになり、一部の車輌に塗色の変更、室内の整備を行い、ク6501となったクハ101形と共に名阪連絡特急として運用を開始しました。その後特急用としてモ6401形が製造されたため、特急用に整備された本形式は予備特急用となり、塗色はそのまま急行にも使用されました。モ6421形が製造された時点で、特急用から離れ塗色も一般色に改められ、その後は急行から普通まで幅広く使用されました。名古屋線の改軌に際しては全車標準軌化され、名古屋線、並びに支線区で活躍しました。後年再び狭軌に改軌されたあとは、養老線で余生を送り、同線への6441系の導入により廃車となりました。
実車は車体長17000mm、車体幅2650mmの幾分細身の車体で、室内は扉間はシートピッチ900mmの転換クロスシート、車端部はロングシートで、便所の設備はありません。戦前の関急開通時期に製造され、伊勢路を疾走し、戦後一部の車輌は名阪連絡特急用として整備され、ク6471形と共に特急に使用されました。6421系の登場により一般用に格下げ、ロングシート化の上急行から普通まで幅広く使用されました。名古屋線の改軌に際し、台車をKD−32に交換の上標準軌化され、名古屋線で使用されました。1600系、1800系の投入により余剰となり、養老線の体質改善のため再び狭軌化され、その後6441系の投入に伴い廃車されました。本系列は付随車は製造されていません。
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